2009年11月、大阪市西成区。地域の診療所で内科医として働きながら、路上生活者や生活困窮者の支援にも関わっていた矢島祥子さん(当時34歳)が、勤務先を出たあと行方が分からなくなった。2日後の11月16日、大阪市西成区を流れる木津川の千本松渡船場で、矢島さんの遺体が発見された。
当初、警察は自殺と判断したと報じられた。しかし遺族は納得せず、再捜査を求め続けた。2012年8月、大阪府警は容疑者不詳の殺人・死体遺棄容疑で遺族の告訴を受理した。それから14年。2026年になっても結論は出ていない。さらに同年3月、事件の捜査に関係する証拠品の一部を、大阪府警が10年以上前から紛失していたことが明らかになった。
現在の捜査上の位置づけ
2012年に容疑者不詳の殺人・死体遺棄容疑で遺族の告訴が受理されたが、矢島祥子さんの死亡が殺人と確定したわけではない。2026年の報道では、大阪府警は現在も事件・事故の両面から捜査している。
本稿はこの位置づけを基準として書く。告訴が受理されたことと、死因が殺人と確定したことは同じではない。現在も殺人の犯人が特定されたわけではなく、起訴された人物もいない。
事案概要
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 通称 | 大阪西成女医不審死事件 |
| 離去 | 2009年11月14日午前4時15分ごろ、勤務先の診療所を出る |
| 遺体発見 | 2009年11月16日午前1時20分ごろ |
| 発見場所 | 大阪市西成区・木津川の千本松渡船場 |
| 亡くなった人 | 矢島祥子さん(当時34歳、内科医) |
| 勤務先 | 西成区内の診療所 |
| 2012年8月22日 | 遺族の殺人・死体遺棄容疑の告訴を府警が受理 |
| 2012年11月16日 | 死体遺棄容疑が公訴時効成立(殺人は2010年の法改正で時効廃止) |
| 2026年3月 | 遺族提供の証拠品3点の紛失が公表 |
| 2026年現在 | 事件・事故の両面で捜査継続 |
西成で医療に携わっていた34歳の医師
矢島さんは2007年から、大阪市西成区の診療所で内科医として勤務していた。弟のヤジマXさんは後年のインタビューで、矢島さんが診療の傍ら夜回りや労働者支援にも取り組んでいたと語っている。テレビ朝日の2014年ドキュメンタリーでも、炊き出しに参加する姿が紹介された。地域では「さっちゃん先生」と呼ばれていたという。
なお、矢島さんはメディアで「西成のマザーテレサ」と紹介されることがある。これはテレビ番組の紹介文などで使われてきた表現であり、本人の正式な肩書ではない。本稿でも、支援活動に熱心だった一人の内科医という以上に、この呼称を人物紹介の中心には置かない。
2009年11月14日、診療所から姿を消す
Wikipediaにまとめられた記録によれば、矢島さんは2009年11月14日午前4時15分ごろ、強い雨の中、診療所を離れた。同日午前4時50分に警備員が到着した際、診療所は無人だったという。この間、矢島さんは知人へメールを送り、絵はがきも投函していたとされる。そこから先、確実な足取りは途切れた。
11月16日午前1時20分ごろ、木津川の千本松渡船場で、釣り人が着衣のまま立位・死後硬直の状態にあった矢島さんの遺体を発見した。どのような経緯で川へ至ったのか、自ら入ったのか、第三者が関与したのか、現在まで結論は出ていない。
当初は「自殺」と判断された
テレビ朝日や遺族側の後年の証言では、大阪府警は当初、自殺と判断したとされている。集英社オンラインの2024年インタビューで弟のヤジマXさんは、当初「過労による自殺」とされたと説明している。
しかし遺族は、本人の生活状況や死の直前の行動などから、「自殺と決めるには不自然な部分がある」と考えるようになった。テレビ朝日は2014年、「『自殺じゃない!』~”西成のマザーテレサ不審死”の謎~」というドキュメンタリーで、再捜査を求める遺族の活動を取り上げている。
ただし、遺族が他殺を疑っていること自体は、他殺を立証する証拠ではない。未詳録では、遺族側が示してきた疑問点を「警察が確定した事実」とは分けて扱う。
2012年、告訴受理と死体遺棄容疑の時効
2012年8月22日、遺族は容疑者不詳の殺人・死体遺棄容疑で大阪府警に告訴し、府警がこれを受理した。西成警察署が殺人・死体遺棄事件として捜査を始めたことも、当時のテレビ朝日の取材で確認できる。
一方、死体遺棄容疑については2012年11月16日に公訴時効が成立している。殺人については2010年の法改正で公訴時効が廃止されており、犯人が判明すれば刑事責任を問うこと自体は理論上可能とされる。ただし、これは殺人であったことが確定したという意味ではない。多くの未解決殺人事件では「誰が殺したか」が分からないのに対し、この事案では「そもそも第三者による死だったのか」という最初の前提自体が、現在も確定していない。
2026年、証拠品紛失が発覚
2026年3月12日、大阪府警はこの事案に関連する証拠品3点(名刺1枚、メモ紙1枚、ポリ袋1点)を紛失していたと発表した。共同通信によると、名刺とメモ紙が見当たらないと西成署員が気付いたのは2012年7月、ポリ袋については2016年1月だったという。府警本部への報告も遅れ、捜査1課への報告は2023年4月、刑事総務課への報告は2025年4月だったと報じられている。
遺族へ紛失の経緯が説明・謝罪されたのは2026年3月10日。判明から13年以上が経過していた。大阪府警は、紛失した物について写真などの記録が残っており捜査への特段の影響はなかったため報告しなかったとし、隠蔽の意図はなかったと説明している。
「証拠品を紛失したこと」「長く遺族へ説明しなかったこと」はいずれも事実として報じられている。一方で、その証拠が残っていれば事件が解決していたはずだという因果関係は、現時点で確認されていない。未詳録では、紛失と事案が未解決であることを直接結び付けて断定はしない。
ネット上の「犯人探し」について
矢島さんが西成で困窮者支援に関わっていたことから、この死をめぐってインターネットでは貧困ビジネス、暴力団、支援団体、政治活動などと結び付ける説が語られてきた。しかし、特定の人物・団体が矢島さんの死に関与したと捜査機関によって立証された事実はない。未詳録では、こうした説を事実として扱わず、特定の実在人物を犯人とする説も掲載しない。
現在の状況
2026年3月、大阪府警は証拠品紛失を公表し、遺族へ謝罪した。そして現在も、事件・事故の両面で捜査は続いている。矢島さんの家族や支援者も長年、情報提供を求める活動を続けてきた。弟のヤジマXさんは2024年のインタビューで、家族や支援者が今も毎月、西成でビラを配っていると語っている。
2009年11月14日、34歳の医師は勤務先を出た。11月16日、木津川で亡くなっているのが見つかった。それから16年以上、矢島祥子さんの最後の時間に何が起きたのか、その答えは現在も出ていない。
参考資料
大阪府警による本事案専用の公表ページは確認できなかった。府警の対応(証拠品紛失の公表・説明)については共同通信の報道を通じて確認した。
- 共同通信「女性医師遺体の証拠品紛失 10年以上遺族伝えず、大阪」(配信記事、地方紙による転載): https://www.kochinews.co.jp/article/detail/980500
- テレビ朝日「テレメンタリー2014『自殺じゃない!』~”西成のマザーテレサ不審死”の謎~」(公式の番組個別記事URLは確認できず、番組名のみ記載)
- 集英社オンライン「〈未解決事件〉『死んだ姉がこの曲、好きで…』大阪西成女医不審死事件の遺族が今も歌う『パンティー泥棒の唄』」(弟・ヤジマXさんへのインタビュー、2024年): https://shueisha.online/articles/-/251527
- Wikipedia「大阪西成女医不審死事件」(告訴受理日、時効成立日、発見時の状況等の確認に使用): https://ja.wikipedia.org/wiki/大阪西成女医不審死事件
※本記事では「大阪西成女医不審死事件」を一般的な呼称として使用している。2012年に殺人・死体遺棄容疑の告訴が受理されているが、大阪府警は2026年現在も事件・事故の両面で捜査しており、矢島祥子さんが殺害されたと確定した事案ではない。「西成のマザーテレサ」という呼称はテレビ番組で使われた表現として記録するにとどめ、人物紹介の中心には置いていない。証拠品紛失と事件が未解決であることの因果関係も断定していない。


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