1984年12月。滋賀県蒲生郡日野町で、酒店を経営していた69歳の女性が行方不明になった。
翌1985年1月、女性は町内の宅地造成地で遺体となって発見された。死因は窒息死。
さらに同年4月、女性の店からなくなっていた手提げ金庫が、日野町内の山林で壊された状態で発見された。裁判所の再審決定によれば、女性は1984年12月28日夜から29日午前10時すぎまでの間に行方不明となり、遺体は1985年1月18日、金庫は同年4月28日に見つかっている。
警察が後に強盗殺人の容疑で逮捕したのは、女性の酒店に客として頻繁に出入りしていた阪原弘さんだった。
阪原さんは捜査段階で一度犯行を認める供述をした。しかし裁判では無実を主張。それでも1審・大津地裁(1995年6月)、2審・大阪高裁(1997年5月)でいずれも無期懲役とされ、2000年9月27日、最高裁で上告が棄却されて判決が確定した。
阪原さんは無実を訴え続けたまま、2011年3月、服役中に75歳で病死した。
そして事件から42年後の2026年。最高裁は検察側の特別抗告を棄却。阪原さんの再審開始が正式に確定した。
さらに検察は再審公判で有罪を主張せず、新たな有罪立証もしない方針を表明。かつて阪原さんを有罪とする大きな根拠となった自白調書や現場案内の実況見分調書についても、再審公判では取り調べない方向となった。
42年前の強盗殺人事件。一度は「解決した事件」とされた。しかし2026年現在、その有罪認定の土台そのものが大きく揺らいでいる。
日野町事件とは
事件が起きたのは1984年12月。被害者は日野町で酒類小売店を経営していた69歳の女性だった。
裁判所資料によると、女性は12月28日の夜から翌29日午前10時すぎまでの間に行方不明になった。
1985年1月18日。町内の宅地造成地で女性の遺体が発見された。司法解剖では死因は窒息死とされた。
そして約3か月後の4月28日。女性の店にあった手提げ金庫が、町内の山林で破壊された状態で発見された。周辺からは、金庫内にあったとみられる硬貨なども見つかった。
警察は強盗殺人事件として捜査を進めた。
阪原弘さんが捜査線上に浮上
阪原弘さんは、事件以前から被害女性の店に頻繁に出入りしていた客だった。
裁判所資料によれば、阪原さんは1985年9月17日、一度この事件の被疑者として任意の事情聴取を受けている。しかし、この段階では逮捕されなかった。
その約2年半後。1988年3月9日から、阪原さんへの取り調べが再び始まった。阪原さんは当初、犯行への関与を否定し、事件当日には別の場所で知人と酒席を設けていたというアリバイを主張していた。
取り調べは長時間に及んだ。そして3月11日の夕方、阪原さんは初めて、被害女性を殺害した、金庫を奪った、という趣旨の供述をした。翌12日午後8時9分、阪原さんは逮捕された。
捜査段階では自白、裁判では無罪を主張
阪原さんは逮捕後も、捜査機関に対して自白を維持したとされている。
しかし弁護士との接見では、警察官から暴行を受けた、親族に迷惑を掛けるなどと脅された、本当は犯行を行っていない、という趣旨の訴えをしたことが、後の再審決定資料に記録されている。
確定審では、捜査官による暴行や脅迫があったという阪原さん側の主張は認められなかった。一方で阪原さん自身は裁判で無罪を主張した。最終的には強盗殺人罪で無期懲役が確定し、2000年9月27日の最高裁上告棄却によって判決が確定している。
有罪を支えた「秘密の暴露」
有罪認定で重要な意味を持ったのが、阪原さんが警察にまだ教えられていないはずの情報を知っていたとされた点だった。
特に重要視されたのが、被害女性の遺体があった場所、そして奪われた金庫が捨てられていた場所を阪原さん自身が案内できたとされたことだ。
犯人でなければ知り得ない事実を知っていた。いわゆる「秘密の暴露」として、自白の信用性を補強する材料になった。
ところが、その後の再審請求で、この部分に大きな問題が見つかる。
「自分で金庫発見場所へ案内した」は本当だったのか
再審請求で重要な争点になったのが、阪原さんが金庫発見場所へ警察官を案内した際の実況見分調書だった。
調書には、阪原さんが進行方向を指し示しながら、金庫発見場所へ向かう写真が添付されていた。一見すると、「阪原さんが自分の記憶だけを頼りに、警察を現場へ案内した」ように見える資料だった。
再審開始判断で重要な証拠の一つとなったのは、警察が検察官に送致していなかった「引き当て捜査」時の写真のネガだった。このネガによって、捜査報告書に使われていた写真が入れ替えられていたことが判明した。
新たに開示されたこの証拠などを検討した大津地裁は、重要な問題を認定した。調書に「行きの場面」として使用されていた写真の多くが、実際には金庫発見場所まで行った後、戻る途中で撮影された写真だった。
大津地裁は、この実況見分調書について、捜査経過を正確に記録したものとは到底いえず、事実認定を誤らせる危険があるという趣旨の厳しい評価をしている。
警察官による誘導の可能性
さらに再審決定では、現場案内の途中で警察官が阪原さんへ声を掛けていたことなども検討された。
裁判所は、警察官による断片的な誘導、警察官と阪原さんとの間で、無意識に正解へ近づいていく相互作用。こうしたものが働いた可能性を合理的に否定できないと判断した。
つまり、「阪原さんしか知らない場所を、自力で案内した」という有罪認定の重要な前提そのものが揺らいだ。さらに裁判所は、阪原さんが金庫の発見場所について、取り調べ前から新聞報道などで知った可能性も十分にあると判断している。
遺体発見場所の案内にも疑問
問題になったのは金庫だけではない。遺体発見場所についても、阪原さんが自力で正しい場所へ案内できたことが有罪判決で重視されていた。
しかし再審請求審では、遺体発見場所についても報道によって周辺地域が知られていたことや、警察官の働き掛けなどを含めて再検討された。
大津地裁は、阪原さんが誰からも教えられず、死体発見場所を正確に知っていたという従来の認定は大きく動揺していると判断した。
2006年、最初の再審請求は退けられた
阪原さんは有罪確定後、服役を続けながら再審を求めた(第1次再審請求)。2001年11月に申し立てられたこの請求は、2006年3月27日に棄却された。阪原さんは即時抗告を申し立てたものの、審理の途中である2011年3月、病死した。享年75。
本人が亡くなった後も、遺族は再審を諦めなかった。2012年3月、遺族は改めて第2次再審請求を申し立てた。刑事事件では、本人が死亡していても、一定の親族などが再審を請求することができる。ここから日野町事件は、死後再審という異例の手続へ進んでいく。
2018年、大津地裁が再審開始を決定
2018年7月11日、大津地裁は阪原さんについて再審を開始する決定を出した。
裁判所は、新たに提出された証拠と従来の証拠を総合的に検討。金庫発見場所や遺体発見場所を阪原さんが案内できたという点をはじめ、確定判決を支えていた複数の要素について疑問を示した。
検察側はこの決定を不服として即時抗告した。
2023年、大阪高裁も再審を認める
2023年2月27日。大阪高裁は検察側の即時抗告を棄却した。つまり、大津地裁の再審開始判断を維持した。
しかし検察側はさらに最高裁へ特別抗告。再審開始が確定するまで、そこからさらに3年近くを要することになる。
2026年2月、最高裁が特別抗告を棄却
2026年2月24日。最高裁第二小法廷は、検察側の特別抗告を全員一致で棄却した。
最高裁は、新証拠について新規性と明白性を認めて再審を開始すべきだとした下級審の判断に誤りはないという趣旨の判断を示した。
これによって、阪原弘さんの再審開始が正式に確定した。事件発生から約42年。阪原さん本人が亡くなってから15年後のことだった。第二東京弁護士会や日本弁護士連合会などが、この決定を受けて会長声明を発表している。
不可解な5つのポイント
1. なぜ実況見分調書の写真が入れ替わっていたのか
有罪認定を支えた重要な資料では、阪原さんが自力で金庫発見場所へ向かう様子として写真が使用されていた。しかし後の再審審理では、その多くが実際には帰り道に撮影されたものだったことが明らかになった。
なぜこのような調書が作成されたのか。裁判所は作成方法について強い問題意識を示している。
2. 「犯人しか知らない情報」は本当に秘密だったのか
金庫が日野町の山林で発見されたことなどは、事件当時すでに新聞でも報じられていた。裁判所は、阪原さんが捜査官から教えられなくても、報道などから一定の情報を知っていた可能性を認めている。
「知っていたから犯人」という論理そのものに疑問が生じた。
3. 自白はどこまで信用できたのか
阪原さんは捜査段階で自白した。一方で、その直前までは犯行を否認し、アリバイを主張していた。さらに自白後、弁護士には警察の暴行や威圧的な取り調べがあったという趣旨の説明をしていた。
確定審では自白の信用性が認められた。しかし再審請求では、その自白を補強していた「現場を案内できた」という証拠まで揺らいだ。
4. なぜ再審開始確定までこれほど時間がかかったのか
大津地裁が再審開始を決めたのは2018年。大阪高裁がそれを支持したのは2023年。そして最高裁で確定したのは2026年だった。
最初の再審開始決定からだけでも約7年半。阪原さん本人は、その結論を見ることができなかった。
5. 阪原さんが犯人でないなら、1984年の事件は誰が起こしたのか
これは現時点で答えを出すことができない。
再審開始決定は、別の人物が犯人だと認定したものではない。また後述するとおり、2026年9月現在では再審無罪判決が出たわけでもない。
現在確認できるのは、阪原さんを有罪とした従来の証拠について重大な疑問が生じ、再審開始が確定したという段階までである。特定の別人を「真犯人」と推測する根拠はない。
2026年6月、検察が有罪立証を断念 ― ただし「無罪」とも言っていない
再審開始確定後、大きな焦点になったのが、検察が再審でも阪原さんの有罪を主張するのかという点だった。
2026年6月19日。大津地裁で行われた三者協議で、検察側は方針を明らかにした。再審公判では、有罪の主張を行わない、有罪立証のための新たな立証も行わない、というものだった。
大津地検は、その理由について「犯人であることについて、合理的な疑いを超える程度の立証が困難」という趣旨の説明をしたと報じられている。
ここで区別しておきたい点がある。検察は「有罪を主張しない」とした一方で、「阪原さんが犯人でないという証拠がある」とまでは述べていない。つまり検察の立場は、積極的に無罪を主張するものではなく、有罪を立証できないことを理由に主張を退いたという性格のものだ。
報道では、これにより再審で無罪判決となる可能性が極めて高いとされている。一方で弁護側は、検察に対して単なる有罪立証の断念にとどまらず、無罪の主張そのものを求めているとも報じられている。
2026年9月現在、大津地検が「無罪」を明言したという事実は確認できない。
2026年9月、有罪を支えた過去の証拠も審理しない方向へ
2026年9月7日。大津地裁で三者協議が開かれた。
報道によると、この協議で、阪原さんの自白調書、金庫発見場所を案内したとする実況見分調書など、かつて有罪判決を支えた過去の証拠について、再審公判では取り調べない方向となったとされる。
弁護団は、検察のこの対応を「阪原さんの有罪を示す証拠の事実上の撤回である」と説明しているという。再審公判が早期に結審し、無罪判決へ進む可能性が高まったとみられている。
次回の三者協議は2026年10月15日に予定されている。
「冤罪が確定した」と書くのはまだ早い
日野町事件については、2026年現在、「冤罪事件」という言葉が多く使われるようになっている。
再審開始が最高裁で確定した。検察も有罪を主張しない。従来の有罪証拠も再審では審理しない方向になった。状況だけを見れば、阪原さんに無罪判決が出る可能性は非常に高い。
しかし本稿では、法的な段階を分けて記録する。2026年9月現在、阪原弘さんへの再審無罪判決はまだ出ていない。検察も、有罪を主張しないことと引き換えに「無罪」を積極的に認めたわけではない。したがって現時点で正確なのは、「再審開始が確定し、検察が有罪立証をしない方針を示している。ただし無罪の主張までは示していない」という表現である。
未詳録では、裁判所が実際に示した決定・判断を最優先の情報源として扱い、再審無罪判決など今後の進展があった場合には速やかに内容を更新する。無罪判決が実際に言い渡された時点で、本稿もその事実に基づいて改める。
42年前の事件そのものは何だったのか
日野町事件には二つの問題が存在する。
一つは、阪原弘さんを有罪とした裁判は正しかったのか。そしてもう一つは、酒店を経営していた69歳の女性を殺害し、金庫を奪った人物は誰だったのか、である。
前者については2026年、大きな答えが出始めている。最高裁まで再審を認めた。検察は有罪立証を断念した。かつて有罪を支えた証拠も、再審では取り調べない方向になった。
しかし後者について、別の犯人が特定されたわけではない。一人の女性が殺害され、金庫を奪われたという事件そのものは消えない。
再審によって阪原さんへの有罪認定が覆されたとしても、1984年12月、日野町で本当は何が起きたのかという問いは残る。
42年という時間の中で、有罪とされた人物は死亡し、証拠の評価は覆り、裁判はもう一度やり直されようとしている。それでも事件そのものの全容は、現在も明らかになっていない。
参考資料
びわ湖放送「日野町事件・三者協議 再審公判 過去の証拠を審理しない方針へ」
2026年9月7日の第5回三者協議で、自白調書や金庫発見現場の実況見分調書など、従来の有罪認定に関わった証拠を再審公判では審理しない方針となったこと、次回協議が10月15日に予定されていることを報道。
びわ湖放送・2026年9月7日記事
最高裁判所「令和5年(し)第155号 再審開始決定に対する即時抗告棄却決定に対する特別抗告事件」
2026年2月24日、最高裁第二小法廷が検察側の特別抗告を棄却。日野町事件第2次再審請求について、再審開始を認めた大阪高裁の判断が確定した。事件番号、原審、決定日なども確認できる一次資料。
最高裁判所・2026年2月24日決定
大津地方裁判所「平成24年(た)第1号 再審請求事件」
2018年の再審開始決定。1984年の事件経緯、阪原弘さんの取り調べ、自白、遺体・金庫発見場所への引き当て捜査、実況見分調書や写真の問題などを詳細に確認できる一次資料。
大津地方裁判所・2018年再審開始決定PDF
法務省「法務大臣閣議後記者会見の概要(令和8年6月22日)」
日野町事件の再審で、検察側が有罪の主張・立証を行わない方針を示したことや、再審開始判断で問題となった未送致のネガフィルムについて質疑が行われている。
法務省・2026年6月22日記者会見
テレビ朝日「滋賀 日野町強盗殺人事件 やり直し裁判 検察は有罪主張せず」
2026年6月19日の三者協議で、大津地検が再審公判で有罪を主張せず、新たな有罪立証もしない方針を明らかにしたことを報道。
テレビ朝日・2026年6月19日記事


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