高齢者の行方不明|自宅を出たまま帰らない7人、県警の一覧で最も古い記録に並ぶ高齢者たち

夕暮れの田園を抜ける一本道とバス停、水田と里山の風景(高齢者の行方不明特集のイメージ) 特集

夕方、いつものように家を出た人が、帰ってこない。散歩のつもりだったのかもしれない。畑や近所への用足しだったのかもしれない。帰りを待つ側にとって、その日は境目になります。

各都道府県警察は、家族などの同意を得た行方不明者の写真や特徴を、ホームページで公開し続けています。その一覧を古い順にたどっていくと、ある傾向に気づきます。長く見つからないまま残っている記録の上位に、高齢者が並んでいるのです。

宮城県警の一覧では、番号1から番号4までが、いずれも68歳から80歳の人たちです。群馬県警の一覧で最も古い記録も、83歳の男性のものです。

この特集では、未詳録が個別に記録してきた高齢者の行方不明事案から、年齢が公表資料で確認できる7件を取り上げます。なお、7件はいずれも、犯罪の被害に遭ったと断定されたものではありません。警察が公開している資料の範囲で、「自宅を出たまま帰らない」という一点で重なる記録を比べていきます。

公開が続く7人の記録

事案 発生 当日の姿・手がかり 現在
塩野谷仁さん(83歳・群馬県) 2010年6月 水色の長袖ポロシャツ、灰色の作業ズボン、長靴。自宅から徒歩で外出した 群馬県警の一覧でNo.1(最も古い記録)として掲載中
吉田優子さん(76歳・宮城県) 2013年6月 グレーの上着、青地に黒の水玉模様のTシャツ。右足に歩行を補助する器具 宮城県警の一覧で番号1として掲載中
大宮徹さん(71歳・宮城県) 2015年11月 茶色の縦じまのシャツ、青色ジーパン。やせ型で白髪 宮城県警の一覧で番号2として掲載中
増子美枝子さん(68歳・宮城県) 2016年4月 灰色のハーフコート、ピンク色のローファー、白と黒のチェック柄のショルダーバッグ 宮城県警の一覧で番号3として掲載中
高野豊子さん(80歳・宮城県) 2017年5月 エプロン姿、紺色の長靴、前カゴ付きのシルバー色の自転車 宮城県警の一覧で番号4として掲載中
生田和夫さん(65歳・長崎県) 2017年6月 当日の服装は不明。ゴールド色のダイハツ・ミラという車両情報が公表されている 長崎県警の公表資料に掲載中
蛭川一雄さん(75歳・静岡県) 2018年8月 灰色のジャンパーとズボン。御殿場口5合目にバイクが残された 静岡県警の山岳行方不明者情報に掲載中

並べてみると、7人のうち5人は、自宅やその近辺から姿が消えています。残る1人は車、もう1人は山という例外です。そして全員に共通するのは、行方が分からなくなってから8年以上がたった今も、警察の公開が続いていることです。

塩野谷仁さん――自宅を歩いて出た83歳、群馬で最も古い記録

2010年6月19日、土曜日。群馬県で、塩野谷仁(しおのや・ひとし)さん、当時83歳が、自宅から徒歩で外出し、そのまま帰宅しませんでした。自宅の所在地は、公表資料に市区町村名が明示されていません。届け出は吾妻警察署が受理しました。

仁さんは身長162cm、体重54kgのやせ型。顔色は浅黒く、頭髪は白髪で前頂部が禿げていました。当日の姿は、水色の長袖ポロシャツに灰色の作業ズボン、長靴。畑や家の周りの用事に出るような、日常の延長にある格好です。

この事案には、ほかの6件にはない記録があります。群馬県警の資料には、仁さんが認知症を患っており、健脚でどこまでも歩いて行ってしまう、と記されているのです。収録した7人のうち、公表資料に認知症の記載があるのは仁さんだけです。

残された手がかり

手がかりは、資料に掲載された写真と、当日の服装、そして「健脚でどこまでも歩いて行ってしまう」という一文です。歩き続けられる体力があったことは、たどるべき範囲を際限なく広げます。あれから16年。存命であれば99歳になる仁さんの記録は、群馬県警の一覧、全9件の冒頭、No.1に置かれ続けています。

塩野谷仁さん行方不明事案の詳しい記録はこちら

吉田優子さん――右足の器具が手がかり、宮城で最も古い記録

2013年6月15日、宮城県仙台市太白区内から、吉田優子(よしだ・ゆうこ)さん、当時76歳の行方が分からなくなりました。届け出は同日、仙台南警察署が受理しています。宮城県警の行方不明者一覧、全19人の中で、優子さんは番号1。県内で最も長く公開が続いている記録です。

優子さんは身長150cm、中肉。頭髪はショートヘアで白髪混じりでした。当日の服装は、グレーの上着、青地に黒の水玉模様のTシャツ、グレーのスウェット。そして、右足には、歩行を補助するためのプラスチック製のギブスのような器具を着けていました。

残された手がかり

右足の器具は、この事案で最も強い識別の手がかりです。足に器具を着けた高齢の女性がどこかで保護されたり、病院に運ばれたりしていたとすれば、その記録が優子さんと結びつく可能性は今も残されています。写真は行方不明になった2013年の撮影で、掲げられている姿は76歳当時のまま。存命であれば89歳になっています。太白区内のどこから、どこへ向かう途中だったのかは、公表されていません。

吉田優子さん行方不明事案の詳しい記録はこちら

大宮徹さん――縦じまのシャツを着た71歳、太白区で続く二つ目の記録

2015年11月4日、同じ仙台市太白区内から、大宮徹(おおみや・とおる)さん、当時71歳の行方が分からなくなりました。届け出の受理は翌11月5日、仙台南警察署です。一覧の番号は2。宮城県内で2番目に古い記録は、優子さんと同じ太白区、同じ警察署の事案でした。

徹さんは身長165cm、やせ型で、耳が隠れるくらいの長さの白髪でした。当日の服装は、茶色の縦じまのシャツに青色ジーパン。柄のあるシャツという情報は、文章だけでも姿を思い浮かべる手がかりになります。

残された手がかり

残されているのは、当日の服装と、2015年に撮影された写真です。その姿を見たという目撃情報は、公表資料の中にはありません。あれから11年。存命であれば82歳になっています。太白区という一つの区の中で、2人の高齢者の行方不明が、一覧の1番と2番に並んで残り続けています。

大宮徹さん行方不明事案の詳しい記録はこちら

増子美枝子さん――ピンクのローファーとチェック柄のバッグ、柴田町の68歳

2016年4月13日、宮城県柴田郡柴田町内の自宅から、増子美枝子(ますこ・みえこ)さん、当時68歳の行方が分からなくなりました。届け出は同日、大河原警察署が受理。一覧の番号は3です。

美枝子さんは身長約155cm、やせ型で、面長で色白。頭髪は白髪交じりのショートカットでした。当日の服装は、灰色のハーフコート、茶色のズボン、ピンク色のローファー、黒色の帽子。持ち物として、白色と黒色のチェック柄のショルダーバッグが記されています。

残された手がかり

ピンク色のローファーとチェック柄のバッグ。色の組み合わせまで具体的に残されている点は、ほかの誰かと見分けるための手がかりとして、比較的強い情報です。一方で、掲載されている写真は2012年の撮影で、行方不明になった68歳当時の姿とも隔たりがあるかもしれません。あれから10年以上。存命であれば79歳になっています。自宅を出てどこへ向かったのかは、今も公表されていません。

増子美枝子さん行方不明事案の詳しい記録はこちら

高野豊子さん――エプロン姿と自転車、角田市の80歳

2017年5月10日、宮城県角田市内の自宅から、高野豊子(たかの・とよこ)さん、当時80歳の行方が分からなくなりました。届け出は翌5月11日に角田警察署が受理しています。一覧の番号は4。宮城の一覧の古い側、番号1から4までは、すべて65歳以上の高齢者で占められています。

豊子さんは身長約155cm、中肉。頭髪は白髪交じりの黒色ショートでした。公表資料の「行方不明時の服装等」には、エプロン姿、紺色の長靴とあわせて、シルバー色の自転車(前カゴ付)が記されています。

残された手がかり

エプロンに長靴という姿は、畑仕事や近所への用足しといった、日常の延長を思わせます。7人の中で、自転車という移動の手段をうかがわせる記録があるのは豊子さんだけです。ただし、その自転車がその後どこかで見つかったのかどうかは、公表されていません。あれから9年以上。存命であれば90歳になっています。

高野豊子さん行方不明事案の詳しい記録はこちら

生田和夫さん――服装は不明、車が手がかりになった65歳

2017年6月10日、長崎市で、生田和夫(いくた・かずお)さん、当時65歳が、知人と会ったのを最後に行方が分からなくなりました。届け出は6月12日に長崎警察署が受理しています。

和夫さんは身長162cm、中肉、丸顔で、黒色の短髪でした。この事案で特徴的なのは、当日の服装が公表資料でも「不明」とされていることです。代わりに公表されているのが、車の情報でした。ゴールド色のダイハツ・ミラ。長崎県警は、車両情報まで含めて情報を求めています。

残された手がかり

服装ではなく、車が手がかりの中心にある事案です。写真は2012年8月の撮影で、県警は「現在は写真画像より頬が痩せている」と注記しています。最後に確認されたのが「知人と会った日」であることも、ほかの事案とは少し違います。その日のあと、和夫さんがどこへ向かったのか。車はどこへ行ったのか。9年以上がたった今も、公表資料の呼びかけは続いています。

生田和夫さん行方不明事案の詳しい記録はこちら

蛭川一雄さん――御殿場口に残されたバイク、富士山へ向かった75歳

2018年8月19日、栃木県足利市在住の蛭川一雄(ひるかわ・かずお)さん、当時75歳が、「これから富士山に行く」と家族に伝えて出発しました。8月21日には「明日帰る」と連絡がありました。ところが、帰宅予定の22日になっても下山せず、行方が分からなくなりました。御殿場口5合目には、バイクが止めたまま残されていたといいます。

一雄さんは身長150cm、痩せ型。当日の服装は、灰色のジャンパーと灰色のズボンでした。静岡県警は、山岳行方不明者の情報を集めたページに一雄さんの記録を掲載し、今も情報提供を求めています。

残された手がかり

この事案は、7人の中で唯一の山岳行方不明です。自宅周辺から姿が消えたほかの事案と違い、行き先は富士山と分かっており、最後の連絡の内容も残されています。それでも、広大な山のどこで何があったのかは分からないままです。残されたバイクと、「明日帰る」という言葉。あれから8年がたちました。

蛭川一雄さん行方不明事案の詳しい記録はこちら

なぜ高齢者の行方不明は長く残るのか

一覧の「古い記録」に並ぶ高齢者

警察の行方不明者一覧は、おおむね届け出の古い順に並んでいます。つまり、一覧の上位に残っているのは、それだけ長く見つかっていない人たちです。宮城県警の一覧、全19人の上位4人は、吉田優子さん(76歳)、大宮徹さん(71歳)、増子美枝子さん(68歳)、高野豊子さん(80歳)。群馬県警の一覧でも、最も古い記録は83歳の塩野谷仁さんでした。若い世代の行方不明が一覧の古い側に残りにくい理由までは、資料からは断定できません。ただ、公開が長引く記録の中心に高齢者がいることは、この2県の一覧だけでも読み取れます。

認知症という背景――ただし、資料にある場合だけ

高齢者の行方不明を語るとき、認知症は欠かせない背景です。警察庁の統計(「令和7年における行方不明者届受理等の状況」)によれば、令和7年に届け出られた行方不明者は8万486人で、このうち認知症に係る行方不明者は1万7,345人、全体の21.6%を占め、依然として高い水準にあります。原因・動機に占める認知症の割合は年齢とともに上がり、70歳代では62.1%、80歳以上では77.3%に達します。

ただし、この特集の7人について、同じことが言えるわけではありません。公表資料に認知症の記載があるのは、塩野谷仁さんだけです。ほかの6人については、資料に事情をうかがわせる記述はなく、認知症だったかどうかは分かりません。高齢者の行方不明を、すべて認知症の問題として一括りにすることは、記録に即していません。分からないことは、分からないままに残します。

「数日で見つかる」が大半、それでも残る人たち

同じ警察庁の統計では、認知症に係る行方不明者のうち、令和7年中に所在が確認された人は、届け出の受理当日が最も多く1万1,369人、2日から3日以内が4,487人と、所在確認された1万6,156人の大半が3日以内でした。多くの行方不明は、短い時間のうちに決着がついています。

裏を返せば、一覧に何年も残り続けるのは、その大半からこぼれ落ちた、例外的な記録です。数日で見つからなかったあと、時間の経過とともに目撃の記憶は薄れ、掲げられた写真と当時の姿との隔たりも広がっていきます。7人の経過年数は、短い人でも8年です。一覧への掲載が続くこと自体が、残された数少ない接点になっています。

手がかりは「当日の姿」のまま時が止まる

7人の手がかりに共通するのは、当日の服装と持ち物の具体性です。水色のポロシャツと長靴。右足の器具。縦じまのシャツ。ピンクのローファーとチェック柄のバッグ。エプロンと自転車。色や柄まで記された「当日の姿」は、年月がたっても色あせにくい情報です。とりわけ、身元が分からないまま保護されたり、亡くなって見つかったりした人と結びつく可能性を考えると、こうした特徴の記録は、今も意味を持ち続けます。

一方で写真は古くなります。増子美枝子さんの写真は、行方不明の4年前に撮られたものでした。手がかりの鮮度と、時間の経過。その綱引きが、高齢者の行方不明の難しさだといえます。

「日常の外出」と「山と車」、行き先の違い

行き先の形も、一様ではありません。塩野谷さん、吉田さん、大宮さん、増子さん、高野さんの5人は、自宅やその周辺から姿が消えました。日常の外出の延長で、そのまま帰らなかった人たちです。対して生田和夫さんは、知人と会った日を境に消息が途絶え、手がかりは車に移りました。蛭川一雄さんの行き先は富士山で、舞台は山です。「高齢者の行方不明」と一口に言っても、その中身は、徒歩の外出、車での移動、登山と、大きく異なります。探す側の難しさも、それぞれ違います。

未詳録の考察

7つの記録を並べて残るのは、どの事案も、公表資料の文面がとても短いということです。一覧の一行と、詳細資料一枚。その短さの中で、当日の服装だけが、色や柄まで具体的に残されています。記録の主役は、事件の経緯ではなく、「その日、その人はどんな姿だったか」なのです。

もう一つ感じるのは、一覧の番号が持つ重さです。宮城の番号1から4、群馬のNo.1。番号は単なる整理のための数字ですが、古い順に並んだその先頭が、そろって高齢者であるという事実は、高齢者の行方不明が「長く見つからない行方不明」の中心にあることを、静かに示しています。

認知症の統計は、年に1万7,000人を超える届け出があることを教えてくれます。その大半は数日で見つかります。けれど、この特集の7人のように、年単位で残ってしまう人もいます。統計の大きな数字の向こうに、一覧の番号として残る一人ひとりの記録がある。その一人ひとりを、消さずに残しておくことに意味があると考えて、この特集をまとめました。

情報提供先

7人について、各警察は今も情報を求めています。当時、その姿を見かけた記憶がある方、似た特徴の人が保護されたといった情報をお持ちの方は、各窓口へ連絡してください。時間がたっていても、ささいな記憶が手がかりになることがあります。最寄りの警察署への連絡でもかまいません。

事案 連絡先
塩野谷仁さん行方不明事案 群馬県警察 吾妻警察署 生活安全課 0279-68-0110(内線261)/群馬県警察本部 人身安全対策課 行方不明対策係 027-243-0110(代表)
吉田優子さん行方不明事案 宮城県警察 仙台南警察署 生活安全課 022-246-7171/宮城県警察本部 県民安全対策課 022-221-7171(代表)
大宮徹さん行方不明事案 宮城県警察 仙台南警察署 生活安全課 022-246-7171/宮城県警察本部 県民安全対策課 022-221-7171(代表)
増子美枝子さん行方不明事案 宮城県警察 大河原警察署 生活安全課 0224-53-2211/宮城県警察本部 県民安全対策課 022-221-7171(代表)
高野豊子さん行方不明事案 宮城県警察 角田警察署 生活安全課 0224-63-2211/宮城県警察本部 県民安全対策課 022-221-7171(代表)
生田和夫さん行方不明事案 長崎県警察 長崎警察署 生活安全課 095-822-0110
蛭川一雄さん行方不明事案 静岡県警察本部 地域部地域課 054-271-0110(代表)

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参考資料

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