下村まなみさん行方不明事案|ひるがの高原の散策路、10歳が見えなくなった朝

朝の光に包まれる高原の草原と、奥へ続く散策路(下村まなみさん行方不明事案のイメージ) 2000年代

2009年7月24日、金曜日の朝。岐阜県郡上市高鷲町の「ひるがの高原キャンプ場」は、夏休みに入ったばかりの子どもたちの声に包まれていました。

愛知県常滑市の小学5年生たちが、学校の野外活動でこのキャンプ場を訪れていました。その一人、下村まなみさん、当時10歳も、朝の散策に出かけていました。午前8時前後のことです。その散策の途中で、まなみさんの姿が見えなくなりました。

警察や消防などによる大規模な捜索が行われましたが、まなみさん本人も、所持品も、見つかりませんでした。17年がたった今も、岐阜県は写真と当時の服装を公表して、情報提供を求め続けています。

なお、この事案は、犯罪の被害に遭ったと断定されたものではありません。ここでは、岐阜県が公表している情報と、報道などで伝えられてきた経緯を、それぞれ区別して記します。

事案の概要

項目 内容
事案名 下村まなみさん行方不明事案
発生 2009年(平成21年)7月24日(金)午前8時前後
場所 岐阜県郡上市高鷲町「ひるがの高原キャンプ場」内
行方不明者 下村まなみさん(当時10歳、愛知県常滑市立常滑西小学校5年)
体格 身長120cm、体重20kg
当日の服装 白地に袖が水色の長袖Tシャツ、薄ピンクのズボン、水色の運動靴、髪を2か所ゴムで止めていた
状況 学校の野外活動で訪れていたキャンプ場内を散策中に、姿が見えなくなった
捜索 警察・消防など約150人体制で始まり、1週間で延べ約1,700人が捜索したと伝えられている。本人も所持品も見つからなかった
管轄 岐阜県警察 郡上警察署
現状 現在も行方不明。岐阜県の公式ページに写真と特徴が掲載され、情報提供が求められている

当日の経緯

まなみさんの一行は、常滑西小学校の5年生たちでした。前日の7月23日から、2泊3日の野外活動(校外授業)でひるがの高原キャンプ場に滞在していたと伝えられています。ひるがの高原は標高約900メートルの高原で、夏でも涼しい避暑地として知られる場所です。

24日は滞在2日目でした。朝食のあと、児童たちは場内の散策路を歩く活動に出ました。まなみさんは、クラスメートたちと一緒に歩いていたといいます。

まなみさんにはダウン症があり、発達はゆっくりで、身長120センチと、学年の子どもたちの中では小柄な体格でした。そのことが、家族の話や報道を通じて伝えられています。散策の途中、まなみさんは少しずつ、友だちの列から後れていったとされています。

岐阜県の公式ページに残されているのは、「平成21年7月24日午前8時前後、ひるがの高原キャンプ場内散策中に行方不明」という短い記録です。関係者の証言として後の報道や番組で伝えられてきた経緯では、午前8時ごろ、コースの途中に立っていた校長が、遅れて歩いてきたまなみさんの姿を確認し、声をかけたといいます。それが、確認されている最後の姿とされています。

その後、まなみさんが広場へ戻ってこないことに気づいた教員たちが場内を捜しましたが、姿は見つかりませんでした。午前中の、ごく短い時間の出来事でした。

捜索の経過

通報を受けた郡上警察署や消防などが捜索に加わりました。当日の報道では、約150人体制での捜索が伝えられています。キャンプ場の敷地内だけでなく、周辺の山林や道路沿いも含めて、捜索が広げられました。

捜索は翌日以降も続けられ、1週間で延べ約1,700人が、半径約4キロの範囲を捜したと伝えられています。けれど、まなみさん本人はおろか、靴や衣服といった所持品も、一つも見つかりませんでした。

手がかりがないまま、時間だけが過ぎていきました。それでも、岐阜県(郡上警察署)は、まなみさんの写真と当時の姿を公式ページに掲載し、情報提供の呼びかけをやめていません。公式ページは2017年にも更新されており、現在も公開が続いています。

2016年には、テレビ番組の企画で、海外の行方不明者捜索の専門家を招いた再捜索が行われたことも伝えられています。母親も同行し、最後に姿が確認された場所の周辺などが改めて捜されましたが、このときも手がかりは得られなかったとされています。

残された謎

最大の謎は、散策路のどこで、まなみさんの姿が見えなくなったのか、という点です。大勢の児童と教員がいた野外活動の最中でした。人目のある場所で、なぜ誰にも気づかれずに姿が見えなくなったのか。その理由は、今も分かっていません。

散策の途中で道を誤った可能性は、早くから考えられてきました。場内の散策路には分かれ道があり、コースを外れれば山林が続いています。友だちの姿を探すうちに、順路ではない道へ入ってしまったのではないか。ただ、それを裏付ける痕跡は、捜索では見つかりませんでした。

事故だったのか、それ以外の何かだったのかを示す証拠も、公表されていません。所持品が一つも見つかっていないことは、どちらの方向から考えても、説明のつかない点として残ります。

分かっていることと、分かっていないことを分けて考える必要があります。まなみさんが午前8時前後まで散策路を歩いていたこと、そのあと姿が見えなくなったこと、そして大規模な捜索でも何も見つからなかったこと。それ以外は、今も白紙のままです。

未詳録の考察

この事案で重く残るのは、時間の短さです。最後に姿が確認されてから、不在に気づくまでの間は、ごくわずかだったと伝えられています。その短い間に、一人の子どもの行方が、17年間分からなくなってしまったのです。

もう一つは、捜索の結果の「何もなさ」です。延べ約1,700人が入り、半径約4キロを捜しても、所持品一つ出てこなかった。この事実は、山の広さと、捜索でたどれる範囲の限界を静かに示しています。探しきれていない場所が残っているのか、それとも捜した範囲の外に理由があるのか、今も判断はできません。

まなみさんは、生きていれば27歳になっています。けれど手がかりとして残されているのは、10歳のときの写真と、身長120センチという当時の姿のままです。行方不明の子どもの記録が「当時の姿」で止まってしまうことの難しさが、ここにもあります。

この事案を記録することには、「分からなかった」という事実そのものを風化させずに残す意味があると考えます。あの朝、ひるがの高原の散策路で何があったのか。その問いは、まだ閉じられていません。

家族のその後と現在

母親は、行方不明のあとも、まなみさんを探し続けてきました。2016年の再捜索の際には、最後に姿が確認された場所の周辺を、捜索に同行して自ら歩いたと伝えられています。娘のお気に入りだったものを持って現場に立つ母親の姿が、番組で伝えられました。

母親は、捜索を諦めるつもりはない一方で、長く支援を続けてくれる人たちへの心苦しさも口にしていたとされています。探し続けることと、周囲への負担。その間での葛藤は、17年という時間の長さそのものだと思います。

岐阜県の公式ページには今も、「一日も早く、まなみさんを見つけるためにも、どんな些細な情報でも連絡等いただけますよう、ご協力よろしくお願い致します」という呼びかけが掲げられています。公的な呼びかけが続いている限り、この事案は終わっていません。

情報提供先

2009年7月24日の朝、ひるがの高原キャンプ場やその周辺で何かを見聞きしたという記憶がある方は、郡上警察署へ連絡してください。行方不明から時間がたっていても、似た姿の女性が保護されているといった情報でもかまいません。ささいな記憶が、手がかりになることがあります。

窓口 電話
岐阜県警察 郡上警察署 0575-67-0110

岐阜県公式ホームページ「情報提供のお願い(下村まなみさん)」
まなみさんの写真と当時の体格・服装、行方不明時の状況が掲載されている、郡上警察署の公式ページです。

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参考資料

  • 岐阜県公式ホームページ「情報提供のお願い(下村まなみさん)」
    氏名(下村まなみ)、所属・年齢(愛知県常滑市立常滑西小学校5年・当時10歳)、体格(身長120センチ・体重20kg)、当時の服装(白地に袖が水色の長袖Tシャツ、薄ピンクのズボン、水色運動靴、髪を2か所ゴム止め)、状況(平成21年7月24日午前8時前後、ひるがの高原キャンプ場内散策中に行方不明)、連絡先(郡上警察署 0575-67-0110)を、2026年10月31日に実際に開いて確認。ページの更新は2017年7月24日。
  • 当時の報道および2016年のテレビ番組(FNN系)で伝えられた経緯を整理した個人ブログ「下村まなみさん行方不明事件」
    野外活動の滞在日程(7月23日から2泊3日)、朝の散策で友だちから後れていった経緯、午前8時ごろに校長が姿を確認したとされる最後の目撃、捜索の規模(約150人体制、1週間で延べ約1,700人、半径約4キロ)、2016年の再捜索と母親の同行を確認。本文では、公式資料で裏付けられない細部は「伝えられています」「とされています」と帰属を明示して記した。

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