小倉美咲さん行方不明事案|キャンプ場で消えた7歳、約3年後の発見と今も分からない死因

秋の光に照らされる山中の沢とキャンプ場の広場(小倉美咲さん行方不明事案のイメージ) 2010年代

2019年9月21日、土曜日の午後。山梨県道志村のキャンプ場は、連休を楽しむ家族連れでにぎわっていました。

おやつの時間が終わり、子どもたちが近くの沢へ遊びに行きました。そのあとを追って一人で歩き出したのが、小学1年生の小倉美咲さん、当時7歳でした。それが、美咲さんの姿が見えた最後になりました。

延べ約1,700人規模の大規模な捜索でも手がかりは得られず、時間だけが過ぎていきました。事態が動いたのは、約2年7か月後の2022年4月のことです。キャンプ場から約600メートル離れた山中で人骨の一部が見つかり、DNA型鑑定によって美咲さんと特定されました。けれど、死因も、当日に何が起きたのかも、今も分かっていません。

なお、この事案は、犯罪の被害に遭ったと断定されたものではありません。警察は当初から、事件と事故の両面で調べてきました。ここでは、警察の発表と、家族の発信、報道を、それぞれ区別して記します。

事案の概要

項目 内容
事案名 小倉美咲さん行方不明事案
発生 2019年(令和元年)9月21日(土)午後3時40分ごろ
場所 山梨県南都留郡道志村「椿荘オートキャンプ場」付近
行方不明者 小倉美咲さん(当時7歳、小学1年生、千葉県成田市在住)
経緯 沢へ遊びに行った子どもたちのあとを追って一人で歩き出したあと、行方不明に
捜索 警察・消防・自衛隊・ボランティアによる大規模捜索(延べ約1,700人規模)。2019年10月6日に現地での大規模捜索を終了
発見 2022年4月23日、キャンプ場から約600メートル離れた山中で人骨の一部が見つかり、同年5月14日、DNA型鑑定で美咲さんと特定され、死亡が確認された
死因・経緯 特定されていない(警察は事件・事故の両面で調べてきた)
管轄 山梨県警察大月警察署
現状 2022年7月1日に県警が捜索終了を発表。死因と当日の経緯は今も分かっていない

キャンプ場で起きたこと

美咲さんの一行は、子育てサークルで知り合った7家族、27人でした。千葉県成田市から訪れ、昼の12時15分ごろ、「椿荘オートキャンプ場」に到着していたといいます。

午後3時35分ごろ、おやつを食べ終えた子ども9人が、キャンプ場から約150メートル離れた沢へ遊びに出かけました。美咲さんは少し遅れて、午後3時40分ごろ、子どもたちのあとを追って一人で沢の方向へ歩き出しました。

午後3時50分ごろ、大人が子どもたちを迎えに行きましたが、美咲さんの姿はありませんでした。午後4時ごろまでに、美咲さんがいないことがはっきりします。

一行は約1時間、周辺を捜しましたが見つからず、日没が近づいたため、午後5時ごろ警察に通報しました。その日のうちに警察と消防が捜索を始めましたが、発見には至らず、午後10時に初日の捜索を終えています。

沢までの距離は、約150メートルでした。大人の目が届くと思える距離です。それでも、どの時点で美咲さんの姿が見えなくなったのかは、誰にも分かりませんでした。

大規模な捜索

翌22日からは、自衛隊や捜索ボランティアも加わりました。東西約15キロ、南北約8キロにわたる範囲を、延べ約1,700人で捜索しましたが、美咲さんにつながる手がかりは見つかりませんでした。

24日にはヘリコプターやドローンも投入され、山梨県警は自衛隊への派遣要請を行います。25日には自衛隊員175人が捜索に加わり、県警や消防と合わせて約290人体制となりました。

28日に自衛隊は撤収しました。30日までの10日間に延べ約1,400人が捜索しましたが、手がかりはありませんでした。県警はこの日、美咲さんの顔写真を公開します。両親はキャンプ場で取材に応じ、情報提供を呼びかけました。

10月6日、発生から16日目です。県警は、周辺にいる可能性は低いと判断し、現地の指揮本部を解散して、大規模な捜索を打ち切ると発表しました。美咲さんは特異行方不明者として扱われ、全国に情報提供が求められます。事件に巻き込まれた可能性も含めて、捜査は続けられました。

大月警察署長は当時、「取り得る限りの最大限の態勢で捜索したが発見できなかった」と語っています。やれるだけのことをやった。それでも、美咲さんは見つからなかったのです。

長く続いた手がかりのなさ

大規模な捜索が終わったあとも、警察による捜索は折に触れて続けられました。家族はチラシを配り、ウェブサイトやSNSで情報発信を続けます。多くの情報が寄せられましたが、美咲さんに直接つながる有力な手がかりはありませんでした。

2021年5月には、家族らが現場のキャンプ場などでチラシを配布し、当時のドライブレコーダーの映像が残っていないかなど、情報を求めました。同年7月には、山梨県警本部が情報提供を求める動画を作成し、県警の公式YouTubeチャンネルで公開しています。

行方不明から2年となる2021年9月には、警察が改めて現場周辺の捜索を行いましたが、新たな手がかりは見つかりませんでした。同年12月には、母親と県警が、キャンプ場や付近の道の駅で情報提供を呼びかけるチラシを配っています。

母親は、家族で開設したホームページに、節目ごとにメッセージを寄せてきました。16日間の大規模捜索でも「靴一つ見つからず」、有力な手がかりはなかったと、母親は当時を振り返っています。何も分からないまま、時間だけが過ぎていく。その重さは、家族にしか分からないものだったはずです。

2022年の発見とDNA鑑定

2022年4月23日、土曜日。ボランティアで捜索を続けていた男性が、キャンプ場から約600メートル離れた山中で、人の頭の骨の一部と思われるものを見つけ、警察に通報しました。

県警は26日から周辺の捜索を再開します。その後の捜索で、失踪当日に美咲さんが履いていたものと似た子ども用の靴、片方の靴下、ハイネックのシャツ、そして肩甲骨を含む複数の人骨が、相次いで見つかりました。

5月12日、県警は、頭の骨の一部について行ったミトコンドリアDNA型鑑定の結果を発表しました。美咲さんの母親との血縁関係に矛盾はない、という結果でした。ただし、この鑑定では個人を特定することはできないため、この時点では、美咲さんと断定はされませんでした。

5月14日、県警は、新たに見つかった肩甲骨のDNA型が美咲さんと一致したと発表しました。肩甲骨は生命の維持に欠かせない部位だとする医師の所見も踏まえ、見つかった骨は美咲さんのものであり、美咲さんは亡くなっていると判断したのです。

5月14日は、美咲さんの10歳の誕生日だった5月13日の、翌日でした。

県警は、美咲さんがどのような経路をたどったのか、死因は何だったのかは、特定できていないとしました。事件と事故の両面で、調べは続けられました。地元のテレビ局は、行方不明になって間もない時期に亡くなった可能性があると警察がみていることを伝えています。

7月1日、県警は捜索の終了を正式に発表しました。行方不明から、約2年9か月がたっていました。

死因・経緯をめぐる謎

最大の謎は、美咲さんがあの日、沢へ向かう途中でどこへ行ったのか、という点です。子どもたちが遊んでいた沢まで、約150メートル。その短い距離のどこかで、何が起きたのかは分かっていません。

もう一つは、発見された場所との関係です。骨や遺留品が見つかったのは、キャンプ場から約600メートル離れた山中でした。2019年には延べ約1,700人が山に入り、捜索が及んだはずの範囲です。

なぜ当時は見つからなかったのか。険しい地形や沢の流れなど、考えられる要因はあっても、確かめられた説明はありません。

見つかった靴や靴下、シャツは、当日に美咲さんが身につけていたものと似たものだったと発表されています。けれど、それらがなぜその場所にあったのかについても、説明は示されていません。

死因も分かっていません。事件に巻き込まれたことを示す確かな証拠は公表されておらず、事故だったと断定できる材料も示されていません。警察は両面で調べてきましたが、結論は出ていないのです。

分かっていることと、分かっていないことを分けて考える必要があります。美咲さんが亡くなっていたことは、鑑定によって確かめられました。けれど、そこに至る経緯は、今も白紙のままです。

未詳録の考察

この事案のつらさは、手がかりの少なさそのものにあります。目撃情報も、映像も、現場に残された痕跡も、美咲さんの行方を直接示すものはありませんでした。約1,700人が山に入っても見つからなかったという事実は、山の広さと、捜索の限界を静かに示しています。

一方で、発見のきっかけを作ったのは、捜索を続けていたボランティアの男性でした。公的な大規模捜索が終わったあとも、誰かが探し続けること。それが、2年7か月後の発見につながりました。

この事案には、誰かを疑う材料も、誰かを責める材料も、公表された範囲にはありません。残されているのは、ごく短い時間に子どもが姿を消し、大勢の人が探しても見つからなかったという事実の重さです。

美咲さんが亡くなっていたことが分かった今も、当日の経緯は解明されていません。この事案を記録することには、「分からなかった」という事実そのものを、風化させずに残す意味があると考えます。

家族のその後と現在

母親は、家族で開設したホームページやSNSを通じて、捜索に協力してくれた人々への感謝と、節目ごとの思いを発信してきました。2022年5月に特定の知らせを受けたあと、同年9月と12月には、支えてくれた人々への感謝のメッセージがつづられています。

ホームページの最近の記事では、現地に設けられていた献花台を終えたことも報告されています。心静かに過ごす時間が必要だ、と母親は書いています。

なお、行方不明の期間中、インターネット上では、家族に向けた根拠のない投稿も繰り返されました。一部は刑事事件として立件され、有罪判決に至った例や、裁判所が発信者情報の開示を命じた民事の手続きもありました。未詳録は、そうした投稿の内容をここに記すことはしません。娘を捜す家族が、言葉によってさらに傷つけられたという事実だけを、記録として残します。

死因と当日の経緯が分からないままである以上、家族にとって、この事案は終わっていません。あの日の午後に何が起きたのかを知りたいという思いは、今も続いているはずです。

情報提供先

県警による捜索は、2022年7月1日に終了が発表されており、現在、この事案についての専用の情報提供ページは設けられていません。死因や当日の経緯は今も分かっていません。2019年9月21日の午後、道志村のキャンプ場周辺で何かを見聞きしたという記憶がある方は、管轄の大月警察署へ連絡してください。ささいな記憶でも、当日の様子を知る手がかりになることがあります。

窓口 電話
山梨県警察 大月警察署 0554-22-0110

小倉美咲 家族開設ホームページ
行方不明当時の経緯や、家族からのメッセージが公開されている、家族が開設したホームページです。情報提供先として、大月警察署とこのホームページが案内されてきました。

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参考資料

  • Wikipedia「山梨キャンプ場女児失踪事件」
    発生当日の時系列(午後3時40分ごろの失踪、午後5時ごろの通報)、大規模捜索の経過(延べ約1,700人、10月6日の打ち切り)、2022年の発見とDNA型鑑定の発表(5月12日・5月14日)、捜索終了(7月1日)を確認。脚注には産経・毎日・朝日・共同・NHKなど当時の報道が引かれている。
  • 小倉美咲 家族開設ホームページ
    母親による節目ごとのメッセージを確認。2022年5月14日に警察から肩甲骨のDNA型鑑定の報告を受けたこと、同年9月・12月の感謝のメッセージ、献花台を終えたという現在の報告。情報提供先として大月警察署と同サイトが案内されてきたことも確認した。
  • 山梨県警察「大月警察署」
    大月警察署の所在地(大月市大月町真木197-3)と電話番号(0554-22-0110・代表)を確認。同署は道志村を管轄する。
  • 時事通信(2022年5月12日)
    山梨県警が、山中で見つかった頭骨の一部について、行方不明だった小倉美咲さんの母親と血縁関係があると考えて矛盾がないとの鑑定結果を発表したことを確認。
  • 共同通信(2022年5月14日)
    肩甲骨のDNA型が一致し、山梨県警が美咲さんの死亡と判断したことを確認(Wikipedia「山梨キャンプ場女児失踪事件」の脚注を通して確認)。

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