市貝町・布団袋の身元不明男性 ― 「トナリ」「山本」は、どの服に書かれていたのか

1990年代

1996年4月21日の昼すぎ、栃木県芳賀郡市貝町大字多田羅の竹やぶで、帰宅途中の中学生が布団袋に入った男性の遺体を見つけた。

30年が過ぎたいまも、この男性が誰なのかは分かっていない。

身長は180センチを超え、やせ型。血液型はO型。紺色のダブルのブレザーに灰色のズボン、ネクタイ。歯の記録も残されている。そして衣類の品質表示タグには、名前のように読める文字があった。

「トナリ」、そして**「山本」**。

これだけの手がかりが残りながら、30年たっても名前に届いていない。そのうえ、この事件でいちばん目を引くこのタグについて、栃木県警が公開している二つの資料は、どの服に書かれていたのかすら一致していない。

事件概要

項目内容
発見日1996年(平成8年)4月21日 昼すぎ
発見場所栃木県芳賀郡市貝町大字多田羅の竹林内
発見者帰宅途中の中学生(報道による)
状況布団袋の中から遺体で発見
死亡推定時期1996年3月~4月ごろ
被害者身元不明の男性
推定年齢40~50歳くらい
身長・体格180~185センチ/やせ型~中肉
血液型O型
罪名殺人(身元不明の殺人事件として捜査中)
現在身元・犯人ともに未特定
情報提供先茂木警察署(0285-63-0110)

県警の二つの資料が食い違っている

栃木県警はこの事件について、性格の異なる二つのページを公開している。一つは捜査第一課系の「殺人事件などの捜査にご協力を!」、もう一つは刑事部鑑識課の身元不明死体情報(取扱番号08-03)である。いずれも更新日は2023年2月1日。

同じ事件を扱いながら、記述は次のように分かれている。

タグがあった服 鑑識課の資料は「ブレザーの品質表示タグに『トナリ』『山本』(一部分欠けているため推定)と記載」とする。一方、未解決殺人事件の一覧は「ズボンのタグに『トナリ山本』と記入あり」と書く。

シャツの色 鑑識課は「Yシャツ(水色・デニム地)」、一覧は「灰色ワイシャツ」。

タグの文字の扱い 鑑識課は「トナリ」「山本」と二つに分け、タグの一部が欠けているため推定だと明記する。一覧は「トナリ山本」と一続きに記し、推定であることには触れていない。

2017年5月27日の下野新聞は「ズボンのタグには『トナリ』『山本』と書かれていた」と報じており、服については一覧と、文字の分け方については鑑識課と一致する。

情報提供を呼びかける側の資料が割れていること自体は、ありふれた表記ゆれと言えるかもしれない。だが、この事件で身元に最も近い手がかりはこのタグである。似たタグの服を思い出した人がいたとして、それが上着だったのかズボンだったのかは、記憶を照合するうえで小さくない差だ。「一部が欠けているため推定」という但し書きの有無も、読み手の受け止め方を変える。

本記事では、鑑識課の資料が身元不明死体を専門に扱う記録であることを踏まえつつ、二つの記載が併存している事実をそのまま示しておく。

「山本」は千葉につながりかけた

このタグを手がかりに、捜査は一度、県外へ伸びている。

下野新聞の2017年の記事によれば、捜査関係者の話として、千葉市若葉区と千葉県市原市に「山本」と書かれたタグのズボンを扱ったクリーニング店があることが判明した。捜査本部は付近に男性が住んでいた可能性もあるとみたが、裏付けは取れなかったという。

クリーニング店が衣類に付ける管理用の記名は、必ずしも着用者本人の名前とは限らない。家族の名字で出すこともあれば、店側の管理記号が入ることもある。「トナリ」と「山本」が同じ性質の記載なのかどうかも、警察は説明していない。

したがって、この男性が「山本さん」だったとも、千葉県で暮らしていたとも言えない。分かっているのは、タグの文字が一度は具体的な地名にまでつながりかけ、そこで止まったということである。

靴を履いていなかった

下野新聞が伝えている発見時の状況には、もう一つ気にかかる点がある。男性は靴を履いていなかった。

ブレザーにワイシャツ、ネクタイ、ズボン。鑑識課の資料によれば下着はトランクス(サイズM)、ズボンのウエストは79センチ。上から下まで外出時の服装がそろっているのに、靴だけがない。

靴はメーカーもサイズも残る物で、身元確認の手がかりになりやすい。その一点だけが欠けている理由を、県警は説明していない。

歯の記録は残っている

鑑識課の資料には、歯牙の特徴として「デンタル・チャート参照」と記されている。歯科治療の記録は、指紋やDNAと並んで身元確認の柱になるものだ。

下野新聞の記事は、この男性について「歯槽膿漏が著しかった」とも伝えている。歯の状態がかなり悪かったということであり、治療にかかっていれば診療記録が残っている可能性がある。

かつて診た歯科医、家族、本人の口元を覚えている知人。そうした記憶や記録と照合できれば名前に届きうるが、30年のあいだにそれは起きていない。

延べ8万人を投入しても

下野新聞によれば、捜査本部はこの事件に延べ約8万人の捜査員を投入し、身元の特定を最優先に調べてきた。

身元不明事件では、この順序が動かせない。被害者が誰か分からなければ、交友関係も生活圏もたどれず、動機の見当もつかない。犯人へ向かう道が、最初の一歩で塞がれる。

栃木県警がこの事件を「殺人事件」として扱っている一方で、下野新聞は死因不詳、目立った外傷はなかったと報じている。死後1か月以上が経過していたとされる。外傷が確認されていないのに殺人事件として捜査されている以上、遺体が布団袋に入れられ竹林に遺棄されていたという状況そのものを含め、公開されていない判断材料があるとみるのが自然だが、県警はその根拠を説明していない。ここでは「警察が殺人事件として捜査している」という事実までを扱い、殺害方法は推測しない。

栃木県内に、もう一人いる

栃木県警の未解決殺人事件の一覧には6件が並んでいる。市貝町の事件はその筆頭に置かれ、一覧の最後から二番目には、2005年3月15日に塩谷町で発生した、推定15~30歳の身元不明男性の事件が掲載されている。

6件のうち2件で、被害者の名前が分かっていない。

この事件には、犯人を見つけるという課題と、被害者の名前を取り戻すという課題が、二つ並んで残されている。そして後者は、遺族が名乗り出ることさえできない種類の空白である。

公表されていないこと

男性の氏名、正確な年齢、住所、職業、家族、出身地。いずれも分かっていない。

「トナリ」「山本」が何を指す記載なのか、男性が千葉県に住んでいたのかどうかも確定していない。正確な死因、殺害された場所と日時、布団袋に入れられた経緯、市貝町まで運ばれた手段も公表されていない。

犯人については、性別も年齢も体格も服装も人数も、車両の有無も、一切公開されていない。遺体が袋に入れられ運ばれた状況から車の使用や複数人の関与を考えたくなるが、県警が確定情報として示しているものではない。

男性が市貝町に住んでいたのか、犯人に土地勘があったのかも分からない。千葉との関連が捜査された経緯がある以上、男性の生活圏が栃木県外だった可能性も検討されていたことになる。

情報提供先

栃木県 茂木警察署

電話:0285-63-0110

栃木県警はオンラインでの情報提供も受け付けており、匿名での提供も可能としている。身元不明死体に関する情報は、県警本部刑事部鑑識課(028-621-0110/代表)でも受け付けている。

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参考資料

  1. 栃木県警察「殺人事件などの捜査にご協力を!」: https://www.pref.tochigi.lg.jp/keisatu/n19/hanzaisousa/satuzin.html 県内の未解決殺人事件6件の筆頭として本事件を掲載。「平成8年4月21日 芳賀郡市貝町大字多田羅地内の竹林内」、推定年齢40~50歳、身長約182cm・体重約58kg・やせ型、血液型O型、「紺色ダブルのブレザー(サイズA型)、灰色ワイシャツ、緑地に柄入りネクタイ、灰色ズボン」、「ズボンのタグに『トナリ山本』と記入あり」、情報提供先「茂木署 0285-63-0110」を確認。更新日2023年2月1日。
  2. 栃木県警察「身元不明死体 08-03」: https://www.pref.tochigi.lg.jp/keisatu/n24/hanzaisousa/fumei/08-03.html 取扱番号08-03、発見日(平成8年4月21日)、死亡推定日(平成8年3月~4月頃)、発見場所(市貝町大字多田羅地内)、推定年齢40~50歳位、身長180~185cm位、やせ型~中肉、血液型O型、着衣「ブレザー(紺色、ダブル、サイドベンツ、A7)、Yシャツ(水色・デニム地)」「灰色ズボン(79cm)」「トランクス(サイズM)」「ネクタイ」、「ブレザーの品質表示タグに『トナリ』『山本』(一部分欠けているため推定)と記載」、歯牙は「デンタル・チャート参照」、刑事部鑑識課(028-621-0110)を確認。更新日2023年2月1日。
  3. 下野新聞2017年5月27日付記事を引用・保存した記録: https://ameblo.jp/maeba28/entry-12331092354.html / https://ameblo.jp/maeba28/entry-12332707097.html 「96年4月21日昼すぎ。市貝町多田羅の竹やぶで、帰宅途中の中学生が布団袋に入った男性の遺体を発見した」「死後1カ月以上とみられ」「死因不詳。目立った外傷はなかった」「靴は履いていなかった」「ズボンのタグには『トナリ』『山本』と書かれていた」「歯槽膿漏が著しかった」、延べ約8万人の捜査員投入、千葉市若葉区・千葉県市原市に「山本」と書かれたタグのズボンを扱ったクリーニング店があると判明したものの裏付けは取れていないこと、を確認。※原紙ではなく二次的に保存された記録による。

※本記事は栃木県警察の公開資料を最優先とし、発見の経緯、死後経過、死因、靴の有無、歯の状態、捜査員数、千葉県内のクリーニング店に関する捜査は、報道による情報として区別している。タグの記載された衣類(ブレザーかズボンか)、シャツの色、タグの文字の書き方については、県警の二つの公開資料の間で記述が異なるため、いずれか一方に統一せず、双方をそのまま示した。

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