横手・会社社長殺害事件 ― 逮捕された男は20日後に釈放された、缶コーヒー2本を残して

2010年代

未解決事件の多くは、容疑者が誰ひとり浮かばないまま時間が過ぎていく。秋田県横手市の事件は、その点で異例だった。

2013年5月20日、秋田・宮城の両県警は死体遺棄の疑いで、宮城県内に住む当時47歳の建設作業員の男性を逮捕している。前年9月、横手市の砕石販売会社社長・長谷川毅さん(当時45歳)の遺体を、宮城県大崎市の鳴子温泉近くへ運んで遺棄した疑いだった。

しかし男性は一貫して容疑を否認し、逮捕から20日後の6月9日、秋田地検は処分保留のまま男性を釈放した。起訴には至らなかった。

それから13年。秋田県警の未解決重要事件の一覧には、いまも「横手事件」が並んでいる。

事件概要

項目内容
発生2012年(平成24年)9月
殺害場所秋田県横手市十文字町
被害者長谷川毅さん(当時45歳・会社役員)
経営していた会社砕石販売会社「長谷川物産」(報道による)
居住状況一人暮らし
殺害方法刃物で刺されて殺害
遺体発見2012年9月5日
遺体発見場所宮城県大崎市内の山中(報道では鳴子温泉の林道)
罪名殺人・死体遺棄
現在未解決
捜査横手警察署捜査本部

秋田県警が公表している事件概要は「横手市十文字町で一人暮らしをしていた会社役員の長谷川毅さんが何者かに刃物で刺されて殺害され、9月5日に宮城県大崎市内の山中で遺体が発見された」というものである。

車のトランクから見つかった遺体

2012年9月5日、宮城県大崎市の山中で、不自然な状態で停まっている車が見つかった。当時の報道によれば場所は鳴子温泉の林道で、白色の乗用車のトランクから男性の遺体が発見された。車は長谷川さん側に関係する車両だったと伝えられている。

遺体は、秋田県横手市十文字町に住む長谷川毅さんと判明した。

秋田県警は、長谷川さんが殺害されたのは横手市十文字町だとしている。つまり殺害現場と遺棄現場は別で、その間には県境がある。横手から鳴子温泉方面へ抜ける比較的短い経路としては国道108号があるが、当時の報道では、車がこのルートを通っていない可能性があるとして、警察が別の経路も含めて足取りを調べていたとされる。

どの道を通ったのか、誰が運転したのか、何人が関わったのかは、現在の公開資料からは分からない。

事務所兼住宅に残されていた不自然なもの

長谷川さんの傷の状態や現場の様子については、秋田県警の公開ページには記載がない。以下は当時の秋田魁新報の報道として記録されている内容である。

長谷川さんの腹や胸には刃物による刺し傷や切り傷が十数カ所あり、そのうち心臓に達した刺し傷が致命傷とみられた。頭部には殴られた痕も確認されている。

そして事務所兼住宅には、缶コーヒーが2本、飲み口を逆さにしたまま置かれていたという。報道はこれを現場の不自然な点として伝えている。

缶が2本であることは、その場に長谷川さん以外の誰かがいた可能性を示す。ただし誰と飲んでいたのか、その人物が事件に関係するのかまでは、当時も現在も公表されていない。飲み口が逆さという状態が何を意味するのかについても、警察は説明していない。

別の報道では、長谷川さんの携帯電話が見つかっておらず、犯人が持ち去った可能性が指摘されていた。携帯電話には通話や連絡の履歴が残る。それが現場から失われていたという点は、当時の捜査が関係者の線を強く意識していたことをうかがわせるが、これも警察が公式に述べたものではない。

なお、事務所兼住宅からは複数の土足跡が確認されたとも報じられており、複数人による犯行の可能性が捜査上検討されたと伝えられている。秋田県警は犯人数について何も公表していないため、複数犯と決めつけることはできない。

逮捕から釈放までの20日間

事件から約8カ月後の2013年5月20日、秋田・宮城両県警は死体遺棄の疑いで、宮城県内の建設作業員の男性(当時47歳)を逮捕した。長谷川さんの遺体を鳴子温泉近くへ運んで遺棄したという容疑である。

男性は容疑を否認した。

そして6月9日、秋田地検は男性を処分保留で釈放した。報道によれば、地検は今後も捜査を続けるとしていた。

処分保留とは、検察官が起訴するか不起訴にするかの判断を保留したまま身柄を解く措置である。起訴されたわけでも、正式に不起訴が決まったわけでもない。つまりこの男性は、裁判にかけられていない。有罪判決はもちろん、起訴すらされていない人物である。

この点は、事件を語るうえで厳密に扱う必要がある。逮捕という事実だけを取り出して特定の人物を犯人として扱うことは、明確な誤りになる。本記事もこの男性を実行犯としては扱わず、また報道が氏名を公表していないため氏名にも触れない。

秋田県警が現在もこの事件を未解決重要事件として掲載し続けている事実そのものが、長谷川さんを殺害した人物の特定に至っていないことを示している。

「逮捕者が出た事件」が未解決であるということ

誰かが逮捕されれば事件が終わる、というわけではない。この事件は、そのことを端的に示している。

捜査側は、遺体の状態、遺棄現場、車両、現場に残された痕跡という材料を持ち、8カ月の捜査の末に一人の身柄を取った。それでも起訴には届かなかった。そして13年が経ったいまも、殺害した人物が誰なのかという中心部分は公になっていない。

2013年6月以降、この事件について新たな逮捕や進展が公表された形跡は、現在確認できる範囲では見当たらない。

公表されていないこと

秋田県警が公開しているのは、発生時期、殺害場所、被害者の氏名・年齢・職業・居住状況、刃物で刺されて殺害されたこと、遺体の発見日と発見場所までである。

長谷川さんが正確にいつ殺害されたのか、最後に誰と会っていたのかは公表されていない。犯人の性別、年齢、体格、人数、動機も一切公開されていない。遺体を宮城県まで運んだ経路や使用された車両の詳細、なぜ鳴子温泉近くの山中が選ばれたのかについても、県警は何も述べていない。

この記事で触れた傷の状態、缶コーヒー、携帯電話、土足跡、そして2013年の逮捕と釈放は、いずれも当時の報道によるものである。県警の公開資料に裏づけを持つものではない。

遺棄現場が鳴子温泉近くだったことから犯人の土地勘や生活圏を推測したくなるが、それを支える公的情報はない。

2020年1月から更新されていないページ

秋田県警の「未解決重要事件捜査にご協力を!」には、八橋事件、太平八田事件と並んで横手事件が掲載されている。ページには「殺人・死体遺棄事件捜査にご協力を!」の見出しで事件の概要が記され、情報提供先として横手警察署捜査本部と警察本部捜査第一課が挙げられている。

ただしこのページの更新日は、2020年1月27日である。本記事の作成時点から6年以上さかのぼる。

本シリーズで扱ってきた他県の事件——2025年7月に更新された広島県警のページ、2026年9月3日に更新された京都府警のページ、2026年に18年の節目で報道が続く金沢の事件——と比べると、掲載は維持されているものの、情報発信の頻度には差がある。横手警察署自体のサイトは2026年8月にも更新されているが、そこに本事件の案内は見当たらない。

掲載が続いている以上、事件が未解決重要事件として扱われていること自体に変わりはない。一方で、命日にあわせた広報活動やビラ配布といった動きが近年報じられている形跡も、現在確認できる範囲では見当たらなかった。

秋田県警は情報提供の呼びかけとして「あの時見たこと、気になっていること、今だから言えること」という言い方をしている。2012年9月、横手市十文字町で何が起きたのか。缶コーヒーを2本並べて飲んだ相手が誰だったのか。誰が長谷川さんの車を鳴子温泉まで運んだのか。それを知る人間は、少なくとも一人は存在するはずである。

情報提供先

横手警察署 捜査本部(〒013-0043 横手市安田字越廻71番地)

電話:0182-32-2250

秋田県警察本部 捜査第一課

電話:018-863-1111

緊急の場合は110番。

参考資料

  1. 秋田県警察「未解決重要事件捜査にご協力を!」(横手事件): https://www.police.pref.akita.lg.jp/kenkei/inform/mikaiketujuuyoujiken 「殺人・死体遺棄事件捜査にご協力を!」の見出しで、平成24年9月に横手市十文字町で一人暮らしをしていた会社役員・長谷川毅さん(当時45歳)が刃物で刺殺され、9月5日に宮城県大崎市内の山中で遺体が発見されたことを掲載。八橋事件・太平八田事件とともに3件が並ぶ。情報提供先は横手警察署捜査本部と警察本部捜査第一課。ページ更新日は2020年1月27日。
  2. 秋田県警察・横手警察署: https://www.police.pref.akita.lg.jp/yokote 所在地・電話番号(0182-32-2250)を確認。2026年8月26日に更新されているが、本事件に関する掲載は確認できなかった。
  3. J-CAST ニュース「死体遺棄容疑の男性を釈放 トランク遺体事件で秋田地検」(2013年6月10日): https://www.j-cast.com/2013/06/10176901.html 2013年5月20日に建設作業員の男性(当時47歳)が死体遺棄容疑で逮捕され、容疑を否認、6月9日に秋田地検が処分保留で釈放し、今後も捜査を続けるとしたことを確認。
  4. 日本経済新聞「秋田地検、逮捕の男性を釈放 宮城の死体遺棄容疑」(2013年6月)/「死体遺棄容疑で作業員逮捕 秋田・宮城県警が捜査本部」(2013年5月)/「宮城の社長殺害、携帯見つからず 犯人が持ち去る?」(2012年9月)/「男性は秋田の会社社長 宮城のトランク遺体」(2012年9月) 逮捕・釈放の経緯、および携帯電話が見つかっていないことについての報道。※アクセス制限により本文の再確認はできておらず、表題および他社報道から確認した。
  5. 秋田魁新報の記事記録(2012年9月13日): https://tyagama.webnode.jp/news/鳴子温泉殺人・死体遺棄事件【秋田魁新報】 被害者が砕石販売会社「長谷川物産」社長であること、腹や胸に十数カ所の刺し傷・切り傷があり心臓への刺し傷が致命傷とみられること、頭部に殴られた痕があったこと、事務所兼住宅に缶コーヒー2本が飲み口を逆さにしたまま置かれていたことなどの報道内容を確認。※二次的に記録されたものであり、原紙での確認はできていない。

※本記事は秋田県警察の公開資料を最優先とし、傷の状態、現場の缶コーヒー、携帯電話、土足跡、2013年の逮捕と釈放は、いずれも報道による情報として区別している。2013年に逮捕された男性は容疑を否認したうえで処分保留により釈放されており、起訴されていない。本記事はこの男性を事件の実行犯として扱わず、氏名にも触れない。

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