時効を迎えた事件、追い続けられる事件|2010年4月27日が分けた5つの未解決事件の運命

特集

2009年4月23日の午前0時。東京都三鷹市の井の頭公園で、切断された男性の遺体が見つかった事件が、犯人の分からないまま公訴時効を迎えます。遺体の発見から、ちょうど15年目の夜のことでした。

その1年あまり後、2010年4月27日に、殺人罪などの公訴時効を廃止する改正法が施行されます。井の頭公園の事件の時効が、もう少しだけ先だったなら。今も犯人を罪に問えていたかもしれないと思うと、なんとも言えない気持ちになるのではないでしょうか。

2010年の法改正は、未解決事件にとって大きな転機だったといえます。けれど、すべての事件が救われたわけではありません。改正の前に時効を迎えてしまった事件もあれば、改正のおかげで今も追い続けられている事件もある。さらに、一つの事件の中で、時効を迎えた罪と時効のない罪が分かれていることさえあるのです。この記事では、未詳録で取り上げてきた5つの事件を並べながら、2010年の法改正が変えたもの、変えられなかったものを考えていきます。

公訴時効とは何だったのか

公訴時効とは、事件から決められた期間がたつと、その罪で犯人を起訴できなくなる仕組みのこと。かつては殺人罪にも時効があり、1990年代までは15年とされていました。2005年1月に施行された改正で25年に延びたものの、それより前に起きた事件には、もとの15年がそのまま当てはまります。

何年も逃げ続けた犯人が、時間がたったというだけで罪に問われなくなる。その理不尽さに、殺人事件の遺族たちは声を上げ続けてきたのです。そして2010年4月27日、刑法と刑事訴訟法の改正法が成立し、その日のうちに施行されます。殺人罪や強盗殺人罪など、人を死亡させた罪のうち死刑に当たるものは時効が廃止され、人を死亡させたそのほかの罪も、時効の期間が延ばされることになりました。

ただし、この改正には一つ大切な条件があります。施行の時点でまだ時効を迎えていない事件には新しい決まりが当てはまる一方、すでに時効を迎えていた事件には当てはまらない、という線引きです。同じように犯人が捕まっていない事件でも、この線のどちら側にあったかで、運命は二つに分かれてしまったわけです。

5つの事件の時効の状況

事件発生・発覚時効の状況
札幌信金OL殺人事件1990年2005年に殺人罪の時効が成立
井の頭公園バラバラ殺人事件1994年2009年に殺人罪の時効が成立
神戸市北区有野町小学女児殺人事件2001年ひき逃げは2006年に時効。殺人の疑いには時効がなく、捜査が続く
六木四丁目アパート放火殺人事件2004年2010年の時点で殺人罪の時効は未成立。時効廃止が当てはまる
三田市千丈寺湖男性死体遺棄事件2011年死体遺棄は3年で時効。殺人の疑いで捜査が続く

時効廃止を求めた遺族が救われなかった――札幌信金OL殺人事件

1990年12月、札幌市西区で、信用金庫に勤めていた生井宙恵さん(当時24歳)が殺害されました。北海道警は、近所に住んでいた22歳の男を殺人の疑いで全国に指名手配します。しかし男の行方はつかめず、2005年12月19日、殺人罪の時効が成立してしまうのです。

それでも、遺族は諦めませんでした。2007年、母親と妹は男を相手取って損害賠償を求める裁判を起こし、翌年3月、札幌地裁は男の責任を認めて約7500万円の支払いを命じます。もちろんこれは民事の判断で、刑事裁判で有罪が決まったわけではありません。賠償金が支払われることはなく、遺族は2017年にも、権利を守るためにもう一度裁判を起こしています。

生井さんの家族は、2009年に結成された殺人事件の遺族の会「宙の会」にも加わり、時効の廃止を訴えてきました。その願いは翌年、法律という形で実を結びます。ところが、すでに時効を迎えていた生井さんの事件に、新しい決まりが当てはまることはなかった。時効の廃止を求めた遺族自身が、その恩恵を受けられなかったという、あまりに皮肉な結果です。

札幌信金OL殺人事件の詳しい記録はこちら

法改正の1年あまり前に――井の頭公園バラバラ殺人事件

1994年4月23日、東京都三鷹市の井の頭恩賜公園で、切断された男性の遺体の一部が見つかりました。身元は、近くに住む一級建築士の川村誠一さん(当時35歳)。警視庁は殺人事件として捜査を進めたものの、犯人も動機も分からないまま、時間だけが過ぎていきます。

当時の殺人罪の時効は15年。2009年4月23日の午前0時、事件は時効を迎えます。改正法は、すでに時効を迎えた罪には新しい決まりを当てはめないと定めているため、井の頭公園の事件で犯人を罪に問う道が再び開かれることはありませんでした。

運命を分けたのは、事件が起きた年ではなく、時効を迎えた日だったのでしょう。2010年4月27日より後に時効を迎えるはずの事件なら、新しい決まりの対象になれたはずです。1年あまりという差の重さを思わずにはいられません。

井の頭公園バラバラ殺人事件の詳しい記録はこちら

時効廃止で追い続けられる――六木四丁目アパート放火殺人事件

2004年10月15日の午前1時ごろ、東京都足立区六木4丁目の2階建てアパートで火事が起きました。警視庁によると、止めてあったバイクから火が出て建物に燃え移り、アパートに住む46歳の男性が犠牲になっています。そのころ現場の近くでは、掲示板のポスターが焼かれるなど、不審火が相次いでいたといいます。

事件当時の殺人罪の時効は15年で、本来なら2019年に時効を迎えるはずでした。ところが、2010年の改正の時点ではまだ時効が来ていなかったため、殺人罪の時効廃止が当てはまります。札幌や井の頭公園の事件とは、ここで道がはっきりと分かれたことになるでしょう。20年以上がたった今も、警視庁はホームページで情報を求め続けています。

ただ、この事件には時効の複雑さも潜んでいます。時効が廃止されたのは「人を死亡させた罪」なので、放火そのものの罪は対象外。事件当時の決まりでは、放火の罪の時効も15年でした。同じ夜の出来事なのに、法律の上では、放火の罪はすでに時効を迎え、殺人の罪だけが今も追える状態になっているのです。

足立区六木アパート放火殺人事件の詳しい記録はこちら

ひき逃げは時効、殺人は捜査継続――神戸市北区有野町小学女児殺人事件

2001年6月3日の夜、神戸市北区の小学3年生、宮崎早紀さん(当時8歳)は「お母さんを迎えに行く」と言って家を出ました。翌4日の午前0時半ごろまで神戸電鉄唐櫃台駅の前で姿を見られたのを最後に行方が分からなくなり、6月7日、駅から約2.5キロ離れた有野川で見つかります。兵庫県警が捜査してきたのは、殺人とひき逃げという二つの疑いです。

このうち、ひき逃げの疑いは2006年に時効を迎えました。一方の殺人の疑いは、事件当時の15年の時効が来る前に2010年の改正が施行されたため、今も時効がありません。2025年のサンテレビの報道でも、警察が殺人の疑いで捜査を続けていると伝えられ、2026年6月には有馬警察署の警察官らが駅に立って情報提供を呼びかけています。

一つの出来事に関わる罪でも、時効の長さはそれぞれ違うもの。ニュースで「時効成立」と聞いても、どの罪が時効を迎えたのかを見なければ、事件が本当に終わったのかどうかは分からないのです。

遺棄は時効でも――三田市千丈寺湖男性死体遺棄事件

2011年2月14日、兵庫県三田市の千丈寺湖で、コンクリートに詰められた男性の頭蓋骨が見つかりました。兵庫県警は復顔像や3Dの復顔像を公開して情報を求めていますが、15年がたった今も、男性の身元すら分かっていません。

2022年の神戸新聞によると、死体遺棄の疑いは時効の3年を過ぎたものの、警察は殺人の疑いで捜査を続けているとのこと。男性が亡くなったとみられるのは2006年ごろ以降なので、2010年の改正の時点では殺人罪の時効はまだ来ていないか、改正後の事件にあたります。つまり、殺人の疑いに時効はないわけです。とはいえ、男性がどのように亡くなったのかは公表されておらず、遺体を捨てた人物と命を奪った人物が同じとも限りません。

この事件には、時効とは別の大きな壁もあります。被害者が誰なのか分からなければ、その人の暮らしも人間関係もたどりようがないからです。時効がなくなっても、事件の扉を開くのは、それほどまでに難しいのでしょう。

2010年の法改正が分けた三つの道

5つの事件を並べてみると、時効をめぐる状況は大きく三つに分けられます。一つ目は、改正の前に時効を迎えてしまった事件。札幌信金OL殺人事件と井の頭公園バラバラ殺人事件がそうで、新しい決まりによって時効が取り消されることはありませんでした。二つ目は、改正の時点で時効を迎えていなかった事件で、六木四丁目アパート放火殺人事件がこれにあたります。時間がたつだけで罪に問えなくなるという壁が、殺人罪について取り払われたのです。そして三つ目が、同じ事件の中で一部の罪だけが時効を迎えた事件。神戸市北区の事件と千丈寺湖の事件では、ひき逃げや死体遺棄の時効が過ぎても、殺人の疑いでの捜査が続いています。

事件全体が時効になったのか、ではなく、どの罪が時効を迎えたのか。その違いを知っておくだけで、「時効成立」というニュースの見え方もずいぶん変わってくるはずです。

未詳録の考察――時効廃止で取り戻せるもの、取り戻せないもの

2010年の時効廃止は、長く未解決のままの殺人事件にとって、確かに大きな前進でした。年月がたったというだけで犯人が罪を逃れる理不尽は、もうありません。けれど、時効がなくなったからといって、失われた証拠や人々の記憶まで戻ってくるわけではないのです。関係者が亡くなり、現場の建物が取り壊され、目撃した人の記憶も薄れていく。法改正が取り除いたのは、あくまで時間による「期限」だけだといえるでしょう。

六木の事件でも、神戸市北区の事件でも、警察は今も情報を求め続けています。千丈寺湖の事件にいたっては、犯人どころか被害者の名前さえ分かっていない。時効という壁が消えたあとにも、未解決事件にはいくつもの壁が残されているのです。それでも、追い続けることはできる。そのこと自体に、大きな意味があるのだと考えます。

では、すでに時効を迎えた事件は、忘れられてよい事件なのでしょうか。札幌信金の事件の遺族が、時効のあとに民事の裁判を起こしたように、時効を迎えても、家族が真実を知りたいと願う気持ちは消えません。被害者が命を奪われたという事実も、決して消えることはない。刑事責任を問えなくなった事件であっても、何が起きたのかを記録し、被害者がいたことを伝え続ける意味は、時効のあるなしで変わるものではないはずです。

2010年4月27日が分けたもの

2010年4月27日。殺人罪などの公訴時効が廃止されたこの日を境に、未解決事件の運命は分かれました。その前に時効を迎えた事件は、新しい決まりの恩恵を受けられないまま。その時点でまだ時効を迎えていなかった事件は、今も犯人を罪に問うことができます。そして同じ事件の中でも、罪によって時効のあるなしが分かれることがあるのです。

これは、ただの法律の細かな話ではありません。事件を追い続ける警察にとっても、家族の帰りを待った人たちにとっても、犯人の逮捕を願う遺族にとっても、罪に問えるかどうかは何より大きな意味を持つはずです。時効がなくなっても、失われた時間そのものは戻ってきません。だからこそ、残された事実と証拠を一つずつ積み重ねていくしかないのだと、強く感じるのです。

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参考資料

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