1999年8月。東京都町田市で、一人の女子大学生が姿を消した。
多摩美術大学1年生、井出真代(いで・まよ)さん。当時18歳。
身長171センチのやせ型。明るい茶色のショートヘア。美術を学び、一時はモデル事務所にも所属していたという(家族側オフィシャルサイトによる)。
真代さんの行方が分からなくなったのは、1999年8月13日ごろ。家族らが公開しているオフィシャルサイトでは、JR成瀬駅付近を最後に行方が分からなくなったとされている。
それから27年。2026年現在も、真代さんは見つかっていない。
事件概要
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 行方不明 | 1999年8月13日ごろ |
| 場所 | 東京都町田市・JR成瀬駅周辺(近くのレンタルビデオ店が最後の目撃地点) |
| 行方不明者 | 井出真代さん |
| 当時の年齢 | 18歳 |
| 生年月日 | 1981年2月3日 |
| 身長 | 約171cm |
| 体格 | やせ型 |
| 髪 | 明るい茶色のショートヘア |
| 当時 | 多摩美術大学1年生 |
| 家族構成 | 両親、真代さん、双子の弟の5人暮らし |
| 服装 | 薄緑色ノースリーブ、ジーンズ、ピンク色のサンダル |
| 所持金 | 約1万5000円 |
| 所持品 | バッグ、カード、PHS、水着、傘 |
| 2026年現在 | 行方不明(45歳になっている計算) |
| 捜査 | 警視庁が継続 |
家族と警視庁町田警察署の協力によるオフィシャルサイトには、当時の写真だけでなく、警視庁提供の現在の想像スケッチも掲載されている。この記事では、情報の出典を「警視庁提供」「家族側公式サイト」「報道(FNNなど)」に区別して記載する。
家族が愛知へ帰省するはずだった日 ― 報道による
FNNの2025年の取材によると、井出家では毎年、母親の実家がある愛知県へ家族で帰省していた。1999年8月も、8月13日から16日にかけてその予定だった。
しかし真代さんは出発前日の8月12日夜になって、「翌14日、渋谷で歯医者の予約があるため、自分は愛知へ行かない」という趣旨の話をしたという。父親は自宅近くの歯科医院を勧めたが、真代さんはこれを断ったと伝えられている。
8月13日早朝5時、両親ともう一人の弟は愛知へ向けて自宅を出発。さらに同日午前9時ごろ、双子のもう一人の兄弟も泊りがけのアルバイトのために家を出た。真代さんは、一人で留守番することになった。
一見すると、「家族が不在の間に自分の意思で出掛けただけ」とも考えられる。しかし、そのまま27年間消息が途絶えることになる。
成瀬駅周辺で途切れた足取り ― 家族側公式サイト・報道による
家族側オフィシャルサイトでは、1999年8月13日ごろ、成瀬駅付近を最後に行方が分からなくなったと説明されている。
より具体的には、8月13日の夕方17時50分から18時ごろ、真代さんはJR成瀬駅近くのレンタルビデオ店にビデオを返却しに立ち寄った姿が最後に確認されている(家族側公式サイト)。
さらに2026年8月13日のFNN報道でも、警視庁と家族が、最後に近くで目撃情報があったJR成瀬駅前でチラシを配布したと報じられている。
27年経った現在も、成瀬駅周辺が真代さんの足取りを考える重要な場所となっている。しかし、そこからどこへ向かったのかは分かっていない。
服装と所持品 ― 家族側公式サイトによる
真代さんが行方不明になった当時の服装は、薄緑色のノースリーブ、ジーンズ、ピンク色のサンダルだった。所持金は約1万5000円。持っていたとされるものには、バッグ、カード、PHS電話、水着、傘などがある。
大きな旅行かばんを持って家を出たという情報ではない。服装についても、長期間家を離れるために準備したようなものには見えない。ただし、これだけで「家出ではなかった」と断定することもできない。
消えていた水着とPHSの充電台 ― 報道(FNN)による
2025年のFNNによる家族への取材では、さらに興味深い事実が紹介されている。
真代さんは失踪前日、近所のプールへ行っていたという。その後、自宅を確認すると、その時に使ったとみられる水着が見当たらなかった。母親は、真代さんが几帳面な性格ではなかったため、水着をバッグへ入れたまま翌日も外出した可能性も考えている。
さらに、PHSの充電台、よく着ていたTシャツ、数日前に購入した画集なども見当たらなかったという。一方で、旅行用の歯ブラシは自宅に残っていた。
これらの持ち物が、計画的な外出を示すのか、単なる日常的な持ち出しだったのか。現在も答えは出ていない。
「8月13日」に消えたとは限らない ― 報道(FNN)による捜査情報
この事件には、時系列上の重要な問題もある。
一般的には1999年8月13日ごろに失踪したとされている。しかしFNNの取材によると、失踪から11年以上後に捜査を担当した刑事は、真代さんが実際に姿を消したのは、家族が出発した13日ではなく、翌14日だった可能性も検討していた。
そのため警察は、家族が帰省する前に自宅に残していた食べ物(3日分)と、帰宅後の残量を比較しようとした。母親は当時作ったパンやごま豆腐といった料理まで再現したという。この検証結果から、真代さんがいなくなったのは14日だったとみる捜査関係者もいる。
なお、この年の8月13日から14日にかけては関東甲信地方が熱帯低気圧による記録的な大雨に見舞われた時期でもあり、8月14日には神奈川県足柄上郡山北町で13人が犠牲になった玄倉川水難事故が発生している。この大雨と真代さんの失踪との直接的な関係は明らかになっていない。
つまり、真代さんが最後に自宅にいた正確な時間さえ完全には確定できていない。これは、その後の足取りを追ううえで大きな壁になった可能性がある。
当初は「家出」として扱われた ― 家族の証言(報道)による
真代さんが行方不明になった当時、警察への相談に対しては、若者の家出として扱われる面があったと家族は語っている。
しかし真代さんは戻らなかった。連絡もない。年月だけが過ぎていった。
失踪から11年以上が経過した2010年代、警視庁はこの事案を、長期未解決事件として改めて捜査することになった。食料の残量を再現するなど、過去の状況を一から検証したものの、大きな手掛かりには結び付かなかったと報じられている。
25年後に見つかった「動く真代さん」 ― 報道による
2024年、家族にとって特別な資料が見つかった。
真代さんが行方不明になる約2か月前、1999年6月に大学の友人たちと江ノ島へ出掛けた際のビデオ映像である。友人が実家を探したところ、当時使用していたビデオカメラとテープが残っていた。
そこには、駅の改札を歩く真代さん、友人と話す真代さん、江ノ島を歩く真代さんの姿が映っていた。静止写真では分からなかった、歩き方や姿勢、声まで記録されていた。四半世紀近く経ってから、新たな映像資料が発見されたことになる。
不可解な5つのポイント
1. 真代さんは自分の意思で出掛けたのか 服装や持ち物を見る限り、外出そのものは不自然ではない。一方で、PHSの充電台、Tシャツ、画集、水着など、複数の物がなくなっていた。何日か家を離れるつもりだった可能性も考えられる。しかし旅行用の歯ブラシは残っていた。長期間失踪する意思があったことを示す決定的な証拠は確認されていない。
2. 正確な失踪日は13日なのか14日なのか 家族が帰省したのは8月13日。しかし、その時点で真代さんがすぐ自宅を出たとは限らない。警察も後年、翌14日まで自宅にいた可能性を検討している。わずか1日の違いだが、目撃者、交通機関、周辺で起きた出来事など、捜査対象となる情報は大きく変わる。
3. 成瀬駅からどこへ向かったのか 2026年現在も、警視庁と家族は成瀬駅前で情報提供を呼びかけている。レンタルビデオ店を出たあと、電車に乗ったのか、誰かと会ったのか、駅から別の場所へ徒歩で移動したのか。その先の足取りは公表されていない。
4. なぜ通信手段から足取りをたどれなかったのか 真代さんはPHSを所持していたが、1999年当時、位置情報を継続的に記録・復元する仕組みは一般的でなかった。そのため、通信記録から足取りを追うことができなかった。
5. 27年間、一度も確かな所在につながらないのはなぜか 18歳だった真代さんは、2026年現在45歳になる。家族側サイトでは、年齢を重ねた姿を想定した警視庁提供の想像スケッチも公開されている。しかし、本人につながる決定的な情報は見つかっていない。これほど長期間、生活の痕跡が確認されない理由は何なのか。今も大きな疑問として残っている。
2026年、失踪から27年 ― 報道による
2026年8月13日。行方不明から27年を迎えた。
井出さんの家族と警視庁は、JR成瀬駅前で再びチラシを配布した。父親の敏一さんは、「30年、40年になっても捜し続ける」という趣旨の言葉で情報提供を呼びかけた。
警視庁は現在も、行方不明事件として捜査を続けている。
情報提供先(家族側公式サイト・警視庁による) 警視庁町田警察署:042-722-0110
家族側オフィシャルサイトでも、現在まで情報提供が呼びかけられている。
18歳の夏から途切れた時間
1999年。多摩美術大学に入学したばかりの18歳。絵画、写真、映画、音楽。そして将来はアーティストになることを夢見ていたという井出真代さん(家族側公式サイトによる)。
家族が帰省した夏の日、真代さんは町田に残った。そして、成瀬駅近くのレンタルビデオ店を最後に、その足取りは途切れた。
自分の意思で出掛けたのか。誰かに会ったのか。事故に遭ったのか。何らかの事件に巻き込まれたのか。27年経った現在も分からない。
ただ一つ確かなのは、家族も警察も、まだ真代さんを探し続けているということだ。


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