新宿歌舞伎町ラブホテル連続殺人事件|3か月で3人が絞殺、ホテルから一人で去った男は誰だったのか

1980年代

1981年3月20日の朝、東京・新宿の歌舞伎町にあったホテル「ニューエルスカイ」で、一人の女性が首を絞められて亡くなっているのが見つかりました。前の晩、女性は若い男と一緒にホテルに入っていましたが、朝になって出ていったのは男だけでした。

それから3か月のあいだに、同じ歌舞伎町のホテルで、同じように女性が首を絞められる事件があと2件起きます。男と部屋に入った女性が、男だけが立ち去ったあとに見つかる。そして6月25日には、首を絞められながらも抵抗して逃れた女性が現れました。殺人の3件はどれも犯人が分からないまま、1996年に時効を迎えています。

事件の概要

項目内容
事件名新宿歌舞伎町ラブホテル連続殺人事件
期間1981年3月20日〜6月25日
場所東京都新宿区歌舞伎町のホテル
被害殺人3件(女性3人が死亡)、殺人未遂1件(女性1人が生還)
手口いずれも首を絞められていた
共通点男と一緒にホテルに入り、男が先に一人で立ち去っている。殺害された3人からは覚醒剤の成分が見つかった
同一犯か確かめられていない
結末殺人3件とも、1996年に公訴時効が成立

3月20日、ニューエルスカイの401号室

最初の事件は、3月20日の午前1時10分ごろに始まります。歌舞伎町のホテル「ニューエルスカイ」に、20代とみられる男と、45歳の女性が入りました。女性は歌舞伎町のキャバレーで働いていたと報じられています。2人が使ったのは401号室でした。

午前7時ごろ、男は料金を払わずに一人でホテルを出ていきます。チェックアウトの午前10時を過ぎても女性が出てこないため、従業員が部屋を確かめると、女性は首を絞められて亡くなっていました。男が出ていってから、すでに3時間がたっていたのです。

この女性は、店では本当とは違う名前と年齢を使っていました。そのため、事件直後の報道では別の名前と30代の年齢が伝えられ、あとになって本名と、45歳という本当の年齢が分かったといいます。長く別の名前で暮らしていた女性の素顔が、事件をきっかけに明らかになったのです。

4月25日、コカパレスの203号室 ― 名前の分からない女性

それから1か月あまりたった4月25日の午後9時ごろ。歌舞伎町のホテル「コカパレス」に、30〜40代くらいのサラリーマン風の男と、20歳前後とみられる女性が入りました。203号室です。

午後10時ごろ、男は「女性はあとから来る」という趣旨のことを言って、料金を払わずに一人で出ていきました。不審に思った従業員が部屋に向かうと、女性はパンティストッキングで首を絞められて亡くなっていました。男は、もう姿を消していました。

この事件が最初の事件と違ったのは、部屋に女性の身元が分かる物がほとんど残っていなかったことです。残されていたのは、十字架の形のイヤリング、ピンクのサンダル、たばことライターくらいでした。警察は女性の似顔絵を公開して身元を調べましたが、名前は分からないままでした。身長は157センチほどと伝えられています。犯人が誰なのかだけでなく、亡くなった女性が誰なのかさえ分からない。この事件は、二重の謎を抱えることになったのです。

6月14日、ホテル東丘 ― 17歳の少女

3件目の事件は、6月14日の夕方に起きました。午後6時30分ごろ、歌舞伎町の「ホテル東丘」に、背広を着た男と、埼玉県川口市に住む17歳の少女が入りました。

午後7時40分ごろ、フロントに男の声で「これから帰る」と電話がありました。すでに歌舞伎町では2人の女性が殺されています。従業員が部屋の様子を見に行こうとすると、男は料金を払わずに慌てて立ち去りました。部屋では少女が首を絞められて倒れていて、すぐに病院へ運ばれましたが、午後8時55分ごろに亡くなりました。

目撃された男は、30代から40代くらいで身長160〜165センチほど、黒縁の眼鏡に紺色の背広を着ていたと報じられています。ただ、従業員は「若い男」だったとも話していて、証言には食い違いもあります。少女の身元は、持ち物の中にあった図書館の本が手がかりになって分かったと伝えられています。

6月25日、首を絞められながら逃れた女性

3件目からわずか11日後の6月25日。歌舞伎町のゲームセンターにいた30歳のホステスの女性が、男に声をかけられ、午後11時ごろに一緒にホテルへ入りました。そのホテルは、ホテル東丘のすぐ近くでした。

部屋でうとうとしていたとき、男が突然、女性の首を絞めてきました。けれど女性は激しく抵抗します。男は殺害をあきらめ、女性の財布から現金約5万円を奪って逃げました。4件の中で、ただ一人、生きて事件を語れる被害者が生まれたのです。それでも、男にはたどり着けませんでした。

4つの事件を並べてみると

日付ホテル被害者結果男の様子
3月20日ニューエルスカイ45歳の女性死亡20代とみられる。午前7時ごろ一人で退出
4月25日コカパレス20歳前後の女性(身元不明)死亡30〜40代のサラリーマン風。「あとから来る」と言って退出
6月14日ホテル東丘17歳の少女死亡30〜40代くらい、黒縁眼鏡に背広。電話のあと逃走
6月25日東丘近くのホテル30歳の女性生還抵抗されて現金を奪い逃走

4件に共通するのは、歌舞伎町のホテルで、女性が男と部屋に入り、首を絞められたことです。2件目と3件目は、どちらもパンティストッキングが使われていました。そして殺害された3人からは、いずれも覚醒剤の成分が見つかっています。注射の跡はなく、口や鼻から取り込んだとみられていますが、女性たちが自分で使ったのか、知らないうちに飲まされたのかは分かっていません。

一方で、違いもあります。男の年齢の証言はばらばらで、身元の分かる物が持ち去られたのは2件目だけでした。曜日や間隔にも決まった規則は見当たりません。3件目の現場では、犯人のものとみられるコップの指紋と血液型が見つかったと伝えられていますが、それが誰につながることもありませんでした。

捜査と謎・数々の説

警察の動向

警視庁は、手口の似た4つの事件に同じ男が関わっている可能性を視野に捜査しました。翌1982年には、別の事件で逮捕された男が、血液型が合うことから調べられましたが、犯人とは確かめられなかったと報じられています。捜査本部は1年もたたずに縮小され、事件は少しずつ人々の記憶から遠ざかっていきました。

1981年当時、殺人罪の時効は15年でした。3件の殺人は、1996年の3月から6月にかけて相次いで時効を迎えます。ほとんど報じられることもない、静かな幕切れだったといいます。2010年に殺人罪の時効は廃止されましたが、すでに時効を迎えていたこの事件には当てはまりません。なお、事件を紹介する記事の中には「1993年に時効」と書くものもありますが、当時の法律から計算すると1996年が正しいはずです。

残された謎

いちばんの謎は、4つの事件が同じ男によるものだったのかどうかです。手口はよく似ているのに、男の年齢の証言は20代から40代までばらついています。そして、2件目の女性が誰だったのかも分かっていません。被害者の名前が分からなければ、その人がどこで暮らし、誰と会っていたのかをたどることもできないのです。

説1:同じ男による連続殺人

短い期間に、同じ歌舞伎町のホテルで、同じように首を絞める事件が続いたことから、一人の男が繰り返したという見方です。3件目と4件目は、首の絞め方も男の特徴も似ていたと伝えられています。覚醒剤という共通点も、この見方を後押しします。

説2:別々の犯人による事件

男の年齢や服装の証言が一致しないことや、身元の分かる物の扱いが事件によって違うことから、すべてが同じ男だったとは限らないという見方もあります。最初の事件が報じられたあと、似た手口をまねた別の人物がいた可能性も考えられます。

未詳録の考察

記録を読んでいて、私がいちばん悔しく感じたのは3件目です。すでに2人が殺されていて、ホテルの従業員も警戒していました。だからこそ、男の電話を不審に思って部屋へ向かい、少女はまだ息のあるうちに見つかった。それでも男は目の前から逃げ去り、少女の命も助かりませんでした。犯人にいちばん近づいた瞬間だったのではないでしょうか。

もう一つ忘れられないのが、2件目の女性です。似顔絵が公開されても、名前を知る人は現れませんでした。20歳前後の若い女性が、誰にも名前を呼ばれないまま、45年がたちました。犯人の正体と同じくらい、この女性が誰だったのかということも、知られるべき真実だと考えます。

覚醒剤が見つかったことで、ネットでは被害者の暮らしぶりを決めつけるような書き込みも見かけます。けれど、女性たちが自分で使ったのかどうかすら分かっていないのです。3人とも、ある夜、ホテルの部屋で命を奪われた被害者だった。そのことを見失いたくないと思います。

事件がもたらした影響・結末

ラブホテルに防犯カメラが置かれるきっかけに

4件とも、男はホテルの従業員と顔を合わせながら、名前も残さずに立ち去っています。この事件のあと、ラブホテルでは監視カメラを置くようになったと言われています。人目を避けるための場所だからこそ、何かが起きたときの記録が残らない。その危うさを、この事件は浮き彫りにしたのです。

「歌舞伎町は怖い街」というイメージ

この事件と、翌1982年に起きた歌舞伎町のディスコで知り合った少女たちが襲われた事件は、「歌舞伎町は怖い街」という印象を全国に広めたとされます。華やかな夜の街の裏側で、行きずりの出会いが命取りになる。そんな怖さが、この時代の歌舞伎町に重ねて語られるようになりました。

時効が閉ざした道

この事件は、殺人罪の時効が15年だった時代に起き、時効が廃止される14年前に時効を迎えました。今になって犯人が分かったとしても、罪に問うことはできません。それでも、女性たちに何が起きたのかを知ることには、今も意味があるはずです。

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参考資料

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