高浜子供ルーム女性指導員殺人事件|終電を逃して職場に泊まった夜、学童保育の指導員を襲ったのは誰なのか

1990年代

1995年9月、千葉市美浜区の学童保育所「高浜子供ルーム」で、指導員の石崎愛子さん(当時46歳)が首を絞められて殺害された。帰りの電車がなく、その夜だけ職場に泊まっていた。時効撤廃まで約4か月の差で捜査が続くことになった事件を整理する。


1995年9月3日、日曜日の夕方。千葉市美浜区高浜1丁目にあった学童保育所「高浜子供ルーム」に遊びに来た子どもたちが、部屋の中で倒れている女性を見つけた。この施設で子どもたちの世話をしていた指導員の石崎愛子さん(当時46歳)だった。

石崎さんは首を絞められて殺害されていた。亡くなったのは、その日の未明とみられている。休日の学童保育所に石崎さんがいたのは、前の晩に東京都内の自宅へ帰る電車がなくなり、職場に泊まることにしたためだった。本来なら、その夜そこにいるはずのない人だった。

31年たった今も、犯人は分かっていない。

事件概要

項目内容
事件名高浜子供ルーム女性指導員殺人事件
発生1995年9月2日ごろから3日ごろまでの間(千葉県警)
発覚1995年9月3日夕方
場所千葉市美浜区高浜1丁目8番12号「高浜子供ルーム」
被害者指導員の石崎愛子さん(当時46歳、報道による)
死因首を絞められたことによる窒息死
死亡推定時刻9月3日午前1時から4時ごろ
捜査千葉西警察署
現在未解決

子どもたちが過ごす学童保育所

高浜子供ルームは、高浜第一小学校の子どもたちを放課後に預かる学童保育所だった。当時の新聞記事を保存した記録によれば、石崎さんと同僚の2人で、約20人の子どもの世話をしていたという。石崎さんは東京都練馬区から通っていた。

9月2日の夜、帰れなくなった

9月2日の土曜日、施設では夜に保護者会が開かれ、石崎さんも出席していた。会は午後9時半ごろに終わり、石崎さんは同僚と一緒にJR京葉線の稲毛海岸駅へ向かった。しかし、練馬区の自宅まで帰る電車はもうなかったという。別の記録では、石崎さんはホームに上がって電車に乗ったものの、疲れから車内で眠ってしまい、折り返してきた電車で戻ってきたとも伝えられている。

午後11時ごろ、石崎さんは家族に「今夜は泊まる」と電話をかけた。日付が変わった3日の午前0時35分ごろには、駅前のコンビニエンスストアで焼きそばを買う姿が確認されている。石崎さんは施設に戻ってそれを夜食として食べ、その後に殺害されたとみられている。

夕方に見つかった石崎さん

司法解剖の結果、死因は首を絞められたことによる窒息死で、亡くなったのは3日の午前1時から4時ごろと推定された。当時の報道によれば、石崎さんは平屋建ての施設の12畳の部屋の中央に仰向けで倒れていて、体にはタオルが掛けられていた。

発見の時刻は、午後5時45分ごろと伝える報道と、午後4時ごろに子どもたちが見つけたとする報道がある。いずれにしても、殺害から発見までには十数時間がたっていた。

財布からは、現金約5万円がなくなっていたと報じられている。

鍵の掛かっていなかった窓

施設の隣には公園があり、公園側の窓の鍵が開いたままになっていた。警察は、犯人がこの窓から入った可能性を調べた。事件の夜は気温が下がらない蒸し暑い夜だったが、施設には冷房がなかった。石崎さんが風を通すために窓を開けていたのかもしれない。

当時の記録によれば、高浜子供ルームは事件の約1年前にも何者かに侵入され、冷蔵庫の中の物を食べられたことがあったという。

捜査と謎・数々の説

警察の動向

千葉県警は、県内の未解決の重要凶悪事件の一覧に「千葉市美浜区高浜子供ルームにおける殺人事件」としてこの事件を掲載している。千葉西警察署も専用のページで、目撃した人や心当たりのある人に、どんな情報でもよいので連絡してほしいと呼びかけている。

県警はこの事件を「殺人事件」としており、「強盗殺人事件」とはしていない。財布から現金がなくなっていたと報じられているにもかかわらず、強盗殺人とされていない理由は公表されていない。

残された謎

最大の謎は、犯人が石崎さんがいることを知っていたのかどうかである。石崎さんがその夜に施設に泊まることになったのは偶然で、そのことを伝えたのは家族だけだったとされる。一方で、深夜の学童保育所に侵入した人物が、なぜ現金を盗むだけでなく石崎さんを殺害したのかも分かっていない。

説1:侵入した人物と鉢合わせした

夜は無人のはずの施設に、金品を狙った人物が鍵の開いた窓から入り込み、眠っていた石崎さんと鉢合わせしたという見方である。施設が1年前にも侵入されていたこと、財布から現金がなくなっていたことは、この見方と合う。ただし、侵入の目的や、1年前の侵入との関係は確認されていない。

説2:施設や周辺の事情を知る人物

施設の窓の鍵が開いていることや、施設の様子を知っていた人物による犯行ではないかという見方もある。しかし、石崎さんが泊まることを知っていた人は限られており、これを裏付ける情報は公表されていない。

未詳録の考察

この事件で私が一番引っかかったのは、犯行の方法ではなく、石崎さんがその夜だけそこにいたらしいということだった。家に帰るつもりだった。電車がなくなった。職場に泊まることにした。そしてその深夜に殺害された。

この流れを見ると、「犯人は石崎さんがいることを知らなかったのではないか」と考えたくなる。逆に、「泊まることを知っていた人物ではないか」と考えることもできてしまう。けれど、どちらにも決め手はない。偶然に見える出来事に意味を与えたくなった瞬間に、事実から離れてしまう。確かなのは、石崎さんが職場に泊まり、その深夜に殺害され、犯人が今も分かっていないということだけである。

学校を終えた子どもたちが過ごす場所で、子どもたちを見守る側の人が命を奪われ、それを見つけたのも遊びに来た子どもたちだった。そのことの重さも、この事件を記録する理由の一つだと思う。

事件がもたらした影響・結末

時効まで約4か月の差

事件が起きた1995年当時、殺人罪の公訴時効は15年だった。当時の法律のままであれば、この事件は2010年9月に時効を迎えるはずだった。

時効が近づいていた2010年の初め、石崎さんの夫の陽一さんは、殺人事件の時効の撤廃を求める遺族の会「宙の会」の存在を知り、入会した。毎日新聞の取材に対し、陽一さんは、時効の廃止が自分たちのような被害者を増やさない抑止力になるのではないかと期待を語っている。

2010年4月27日、殺人罪などの公訴時効を廃止する改正刑事訴訟法が施行された。改正は施行の時点でまだ時効を迎えていない事件にも適用されたため、この事件も時効を免れた。時効の完成まで、約4か月という差だった。

子どもの施設の夜間の備え

当時の高浜子供ルームには冷房がなく、1年前に侵入されていたにもかかわらず、防犯の設備も十分ではなかったとされる。子どもたちが過ごす施設であっても、夜間に人がいなくなる建物の鍵や防犯の備えが欠かせないことを示している。

事件は現在も未解決

2026年10月現在、事件は解決していない。

情報提供先

千葉県警察 千葉西警察署 刑事第一課
電話:043-277-0110(代表)

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参考資料

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