群馬一家3人殺害事件|小暮洋史を28年以上追う警察、なぜ見つからないのか

1990年代

1998年1月14日の夜。当時の群馬県群馬町三ツ寺、現在の高崎市にある住宅で、一家3人が殺害された。

亡くなったのは、電気工事業を営んでいた石井武夫さん(当時48歳)、妻の千津子さん(当時48歳)、武夫さんの母・トメさん(当時85歳)の3人。

警察は、この家の娘と顔見知りだった小暮洋史について殺人容疑で指名手配した。

小暮は1969年7月31日生まれ。2026年現在57歳。身長約170センチ。

事件発生から28年以上が経過した現在も、警察庁指定の重要指名手配被疑者として追跡されている。群馬県警は2026年1月にも専用ページを更新し、複数の推定顔貌や歯の治療状況を示すデンタルチャートまで公開している。

そして2026年9月11日。警察庁は小暮の所在や検挙につながる情報について、最大300万円の捜査特別報奨金をさらに1年間継続することを正式に公告した。

次の応募期間は、2026年11月1日から2027年10月31日まで。28年以上経っても、この事件は現在進行形の捜査対象である。


群馬町三ツ寺一家3人殺人事件とは

群馬県警が現在使用している事件名は、「群馬町三ツ寺(現高崎市)における一家3人殺人事件」である。

県警によると、事件が起きたのは1998年1月14日夜。当時の群馬町三ツ寺にある住宅で、一家3人が殺害された。被害者は石井武夫さん、妻の千津子さん、武夫さんの母トメさん。

共同通信による2025年の報道では、武夫さんと千津子さんは包丁で刺され、トメさんは首を絞められて殺害された疑いがあるとされている。

警察は、当時28歳だった元トラック運転手の小暮洋史を殺人容疑で指名手配した。


小暮洋史と石井家の娘は顔見知りだった

報道によると、小暮と石井家の娘は顔見知りだった。警察は、小暮が女性に一方的に好意を寄せていたとみている。

事件以前から、小暮は女性に電話をかけたり、車で後をつけまわしたりするなど、ストーカー行為とみられる行動を繰り返していたとされる。女性側は交際を拒否しており、家族もこの関係を強く拒絶していたことから、双方の関係は悪化していたとみられている。

事件当日、小暮は女性宅へ侵入した疑いが持たれている。FNNが警察情報として伝えている内容では、女性が帰宅すると、小暮は玄関脇の部屋へ女性を連れ込み、およそ2時間にわたり拘束した状態で言葉を交わしたという。

その後、小暮は住宅から出て車で逃走。家の中から、女性の両親と祖母の遺体が発見された。現場の状況から、犯人は住宅内へ侵入した後、家族と鉢合わせになった可能性が高いともみられている。

ここで重要なのは、現在の段階では小暮について刑事裁判で有罪判決が確定しているわけではないことだ。警察は殺人容疑で小暮を重要指名手配しているが、本稿では確定した「犯人」ではなく、殺人容疑で手配されている被疑者として記載する。


発生5日後に全国指名手配

群馬県議会で警察本部が説明した記録によると、小暮は事件発生から5日後に全国指名手配された。さらに、その1週間後には警察庁指定重要指名手配被疑者となった。

その後、2007年に捜査特別報奨金制度の対象となり、2010年には報奨金の上限が300万円へ引き上げられている。

警察は事件直後から大規模な追跡捜査を続けてきた。それでも小暮の身柄確保には至っていない。


逃走に使用したとされる黒いシルビア

警察や報道によると、小暮が逃走に使用したとされる車は、黒色の日産シルビア。ナンバーは、群馬33 も 8670だった。

車そのものも、長期間にわたって捜査対象となってきた。FNNの報道では、現在まで小暮の足取りはつかめず、この車も発見されていないとされている。


1998年2月を最後に足取りが途絶える

共同通信の事件解説によると、小暮について最後の有力な足取りとして知られているのは1998年2月。群馬県みどり市で、逃走車両が目撃されたのを最後に、その後の行方が分からなくなったとされている。

事件発生からわずか数週間。そこから2026年まで約28年間、小暮本人の所在は確認されていない。

国内に潜伏しているのか、海外へ出たのか、すでに死亡しているのか。現在公表されている警察資料から、その答えを知ることはできない。死亡が確認されたわけでもないため、警察は現在も生存の可能性を含めて捜査を続けている。


2026年現在57歳

小暮洋史は1969年7月31日生まれ。2026年9月現在57歳。

群馬県警が現在公表している身体的特徴は、身長約170センチなど。しかし、事件当時の小暮は28歳だった。約28年が経過した現在、顔貌が大きく変わっていても不思議ではない。

そのため群馬県警は、若いころの手配写真だけではなく、年齢を重ねた場合を想定した複数パターンの推定顔貌を公開している。ひげ、眼鏡、白髪、七三分け、長髪、坊主頭、スキンヘッド。さまざまな可能性を想定した顔が並べられている。


顔だけではなく「歯」まで公開

群馬県警はさらに、小暮のデンタルチャートも公開している。

長期間逃亡している人物の場合、髪型や体重、服装は簡単に変えることができる。年齢によって顔つきそのものも変化する。しかし歯の治療痕は、本人確認につながる重要な特徴になる場合がある。

歯科医院で診察を受けた、義歯や治療を行った、過去の治療状況と一致した。そうした情報から人物の特定につながる可能性があるため、県警は顔写真だけでなく歯の状態まで公開している。


手のにおいを嗅ぐ、爪を噛むという特徴

警察が公開してきた特徴の中には、身体的特徴だけではなく、行動上の癖もある。

FNNによると、小暮には、手のにおいを嗅ぐ、爪を噛むといった癖があるとされている。

見た目が変化していても、長年の癖が残っている可能性はある。警察がこうした細かな特徴まで公表しているのは、28年以上という逃走期間の長さを物語っている。


不可解な5つのポイント

1. 1998年2月以降、小暮はどこへ行ったのか

小暮は事件後、黒いシルビアで逃走したとされる。そして1998年2月、群馬県内で逃走車両が目撃されたとされるのを最後に、確実な足取りは途絶えた。

そこから28年以上。日本国内で別人として生活しているのか、誰かの支援を受けているのか、国外へ出たのか。その後の行動は分かっていない。

2. なぜ長期間、身元を隠し続けられるのか

現在社会では、住民票、運転免許証、医療機関、銀行口座、携帯電話、就労など、さまざまな場面で本人確認が必要になる。

28年以上、警察庁指定の重要指名手配被疑者として追われながら生活を続けているとすれば、通常の社会生活には大きな制約があるはずだ。それでも所在は判明していない。

3. 逃走車両はどこへ消えたのか

警察は車種だけでなく、ナンバーまで把握している。黒い日産シルビア、「群馬33 も 8670」。それでも車両は発見されていないと報じられている。

処分されたのか、放置されたのか、別の場所へ移されたのか。車の行方も長年残る謎の一つである。

4. これほど多く情報を公開しても、なぜ見つからないのか

若いころの顔写真、加齢後の推定顔貌、身長、行動上の癖、逃走車両、歯科治療情報。警察は非常に多くの特徴を公表している。

それでも決定的な情報にはつながっていない。2014年末までだけでも全国から1,338件の情報が寄せられていたと県警は県議会で説明している。さらに2024年だけでも253件の情報提供があったと報じられている。情報がない事件ではない。大量の情報がありながら、所在特定に結びついていない事件である。

5. 小暮は現在も生存しているのか

2026年現在、小暮は57歳。年齢だけを考えれば、生存していても不自然ではない。

一方で、28年以上確実な所在が確認されていない以上、現在の生活状況はまったく分からない。警察庁が2026年9月にも新たな報奨金公告を出していることから、捜査上は現在も身柄確保を目指す対象である。


28年間続く追跡捜査

この事件では、毎年のように警察が情報提供を呼びかけてきた。

2025年1月、事件から27年となった際にも、群馬県警はJR高崎駅でチラシなどを配布した。当時も専従態勢で捜査が続けられていた。

そして2026年。事件発生から28年を迎えても、小暮の手配は解除されていない。群馬県警の専用事件ページも2026年1月12日に更新された。


2026年9月、最大300万円の報奨金をさらに延長

現在の捜査特別報奨金は、2026年10月31日までが応募期間となっている。しかし警察庁は2026年9月11日、すでに次の期間についても正式に公告した。

2026年11月1日~2027年10月31日まで、最大300万円の捜査特別報奨金を継続する。対象となるのは、

  • 小暮洋史の所在に関する情報
  • 被疑者の検挙につながる情報
  • 事件解決に結びつく情報

など。事件からまもなく29年を迎えることになるが、警察は追跡を続ける姿勢を変えていない。


情報提供先

情報提供先は、以下の通りである。

  • 群馬県高崎北警察署「群馬町三ツ寺(現在高崎市)における一家3人殺人事件捜査本部」
    • 代表電話:027-371-0110
    • フリーダイヤル:0120-547-590

警察庁は、情報提供者の秘密は厳守するとしている。


28年前の顔を追い続ける警察

1998年1月14日。群馬町三ツ寺で、一家3人が殺害された。警察は事件直後、小暮洋史を殺人容疑で指名手配した。

当時28歳。現在57歳。28年間という年月が流れた。

髪は白くなっているかもしれない。眼鏡を掛けているかもしれない。ひげを伸ばしているかもしれない。体形も顔つきも大きく変わっている可能性がある。

だから警察は、何種類もの「現在の顔」を作った。さらに歯の治療状況まで公開した。それでも、本人にはたどり着いていない。

事件が起きたことは分かっている。警察が追っている人物も分かっている。顔も名前も生年月日も、逃走に使ったとされる車も分かっている。それでも所在だけが分からない。

2026年9月、警察庁はさらに1年間、最大300万円の捜査特別報奨金を継続することを決めた。

小暮洋史はどこへ消えたのか。そして、28年以上続く逃走に終止符が打たれる日は来るのか。事件は現在も未解決のままだ。

参考資料

コメント

タイトルとURLをコピーしました