舞鶴女子高生殺害事件|無期懲役から逆転無罪、「空白の72分」に15歳の美穂さんと歩いていた若い男は誰なのか

2000年代

2008年5月8日の朝8時45分ごろ、京都府舞鶴市を流れる朝来川(あせくがわ)のほとりの雑木林で、一人の女子高校生が亡くなっているのが見つかりました。府立東舞鶴高校浮島分校の1年生、小杉美穂さん(当時15歳)です。美穂さんは、2日前の5月6日の夜に家を出たまま、帰っていませんでした。

翌年、一人の男性が逮捕されます。一審では無期懲役の判決が出ましたが、二審で逆転無罪となり、2014年7月、最高裁が検察の上告を退けて無罪が確定しました。

裁判の中で、最高裁は一つの可能性を示しています。美穂さんがある時刻の後、別の誰かと一緒にいたかもしれない、というのです。そしてその「誰か」について、別々の二人の目撃者が、同じように「若い男性だった」と話していました。18年たった今も、美穂さんの命を奪った人物は分かっていません。

事件概要

項目内容
事件名舞鶴女子高生殺害事件(舞鶴高1女子殺害事件)
行方不明2008年5月6日の夜、自宅を出る
犯行2008年5月7日未明とみられる
発見2008年5月8日 午前8時45分ごろ、朝来川左岸の雑木林
被害者小杉美穂さん(当時15歳、高校1年生)
逮捕2009年4月、舞鶴市内の男性(当時60歳)
一審2011年5月18日、京都地裁で無期懲役(求刑は死刑)
二審2012年12月12日、大阪高裁で逆転無罪
最高裁2014年7月8日、検察の上告を棄却し無罪確定(裁判官5人全員一致)
犯人分かっていない

5月6日の夜

連休の最後の日だった5月6日の夜10時ごろ、美穂さんは家を出ました。日付が変わった7日の午前0時50分ごろには、友人と携帯電話のメールでやり取りをしていて、学校の近くのドラッグストアのあたりにいると伝えていたと報じられています。

そして7日の未明、美穂さんが自転車を押して歩く男性と一緒にいる姿が、街の防犯カメラに映っていました。

防犯カメラが映した道のり

最高裁の決定によれば、裁判では次のような道のりが認められています。男性は午前1時ごろにスナックを出て、自転車を押しながら美穂さんと一緒に大波街道を北へ歩き、午前1時20分ごろから1時36分ごろにかけて海上自衛隊舞鶴教育隊の前を通り過ぎ、午前2時3分ごろに大波街道を右に曲がって、浜田八田線を東へ進んでいきました。

この午前2時3分ごろまで二人が一緒にいたことは、一審から最高裁まで、どの裁判所も認めています。問題は、その後でした。

午前3時15分の目撃

午前3時15分ごろ、車で出勤する途中の男性が、浜田八田線の大波上集会所前交差点のあたりで、若い女性と自転車を押す男性が立っているのを見ていました。美穂さんが見つかった場所から、約305メートルの地点です。

一審の京都地裁は、この目撃者が見たのは逮捕された男性だったと認め、犯行の時刻に近い時間に現場のすぐ近くで美穂さんと一緒にいたのだから、別の誰かが殺害した可能性は考えにくい、と判断しました。これが有罪の大きな柱になったのです。

「19歳か20歳くらい」だったはずの男

けれど、大阪高裁と最高裁は、この目撃証言に大きな疑問があるとしました。

事件の9日後、目撃者が初めて駐在所に出向いて話したとき、見た男性について「年齢は19歳か20歳くらい、細い顔で細身、身長は170から175センチくらい、髪は短かった」と説明していました。逮捕された男性は、当時59歳です。

ところが、取り調べを重ねるうちに、目撃者の説明からは、逮捕された男性と合わない部分がだんだん消えていき、最後には男性の特徴とほとんど同じ内容に変わっていました。

さらに、目撃者は54枚の写真の中から逮捕された男性の写真を選び出していましたが、その1か月前の取り調べで、警察官のファイルの中に男性の写真があるのに気づき、頼んで1枚だけ見せてもらっていたのです。最高裁は、これで記憶が変わってしまった可能性があると指摘しました。決定文には、目撃者が近所の人に「若い男やと言うてしもうた」と、最初に若い男性だと話したことを後悔するような言葉を漏らしていたことも記されています。

そもそも目撃したのは、暗い未明に車で交差点を通り過ぎる、ほんの数秒の間でした。しかも目撃者は、手前にいた女性の方に注意を向けていたといいます。

もう一人の目撃者

最高裁の決定文には、もう一人の目撃者の話も出てきます。午前3時15分の目撃より約43分前、そこから約500メートル手前の路上で、美穂さんが「18歳から23歳くらいの、ヒップホップ風の服装の若い男性」と一緒に歩いているのを見た、という人がいたのです。

お互いに接点のない二人が、どちらも事件の直後には「美穂さんと一緒にいたのは若い男性だった」と話していた。最高裁は、この事実は軽く見ることができないとしています。

午前2時3分に大波街道を曲がってから、二人目の目撃地点までは約0.8キロ。美穂さんはこの距離を約30分かけて移動していました。最高裁は、その間に一緒にいる相手が入れ替わることは十分ありえたとして、逮捕された男性が午前3時15分にも美穂さんと一緒にいたとは認められないと判断したのです。

持ち物の色を「言い当てた」供述

もう一つの柱は、逮捕された男性が、公表されていなかった美穂さんの持ち物の色を言い当てた、という供述でした。一審は、犯人でなければ知りえないことを知っていたと評価しました。

しかし最高裁は、警察官の取り調べのメモを細かく読み、男性は最初から色をはっきり言っていたわけではなく、何度も長い時間をかけた取り調べの中で、うつむいたり考え込んだりしながら、少しずつ答えが具体的になっていったと指摘しました。警察はすでに持ち物を手元に確保していて、その色も珍しいものではありませんでした。意識していたかどうかにかかわらず、取り調べの中で答えが示唆された可能性を否定できない、と判断したのです。

捜査と謎・数々の説

警察の動向

2014年7月の無罪確定で、事件は犯人の分からない殺人事件に戻りました。この事件は2008年に起きたので、2010年に殺人罪の公訴時効が廃止されたことが適用されます。新しい証拠が見つかれば、今からでも犯人を裁くことができるのです。ただ、無罪確定の後、警察が新たな捜査の動きを公表したという情報は見当たりません。

残された謎

最大の謎は、午前2時3分から3時15分までの約72分の間に、何があったのかです。美穂さんは誰と、どこで別れ、誰と出会ったのか。そして、二人の目撃者が見た「若い男性」は誰だったのか。

説1:美穂さんは途中で別の若い男性と出会った

最高裁が示したのは、まさにこの可能性でした。二人の目撃者が別々に「若い男性」を見ていることから、美穂さんが途中で別の若い男性と一緒になり、その人物が事件に関わったのではないかという見方です。ただし、最高裁が認めたのは「その可能性を否定できない」ということで、そういう人物が実際にいたと証明されたわけではありません。

説2:捜査は早い段階で一人に絞られすぎた

防犯カメラに映った男性が浮かんだことで、捜査がその人物に集中し、若い男性についての最初の証言が十分に追われなかったのではないか、という見方もあります。目撃証言が少しずつ変わっていった経緯を見ると、そう感じる人がいるのも無理はないと思います。

未詳録の考察

この事件の記録を読んで、私がいちばん引っかかったのは、事件の直後に二人の目撃者が口をそろえて「若い男性」と言っていたことです。

人の記憶は、時間がたつほど、周りの情報に影響されやすくなります。だからこそ、事件の直後に、まだ何の先入観もない状態で語られた言葉には、大きな意味があるのではないでしょうか。二人の目撃者は互いに知らない人どうしで、見た時刻も場所も違います。それでも、美穂さんのそばにいたのは若い男性だったと、同じように話していたのです。

私は、美穂さんがあの夜、午前2時3分の後に、誰か若い男性と一緒になった可能性は十分にあると考えます。その人物が誰だったのかは分かりません。たまたま声をかけてきた見知らぬ人だったのか、どこかで待ち合わせていた知り合いだったのか。ただ、もしその人物が見つかっていれば、事件はまったく違う形で解決していたかもしれない。そう思うと、捜査が一つの方向に進んでいく中で、この最初の証言がどれほど重く受け止められていたのかが、気になって仕方がないのです。

美穂さんは、まだ15歳でした。裁判で無罪が確定したことと、美穂さんの事件が解決したことは、まったく別のことです。お母さんは、今も犯人が分からないまま、娘の事件と向き合い続けています。

事件がもたらした影響・結末

目撃証言の危うさ

この事件は、目撃証言がいかに変わりやすいものかを、はっきりと示しました。目撃者がうそをついたわけではなくても、後から写真を見たり、捜査の情報に触れたりするうちに、記憶は知らず知らずのうちに書き換わってしまうことがあります。写真を見せる手順の大切さや、初めの証言を記録しておくことの重みを、最高裁の決定は教えています。

状況証拠だけで有罪にする難しさ

この事件では、凶器などの直接の証拠がないまま、目撃証言や供述などの状況証拠を積み重ねて有罪とされました。それが二審と最高裁で覆されたことは、「疑わしい」ことと「証明された」ことの間に、どれほど大きな隔たりがあるかを示しています。

事件は解決しないまま

2026年10月現在、美穂さんを殺害した犯人は分かっていません。

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参考資料

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