柴又三丁目女子大生殺人放火事件|上智大生殺害、DNAが残る30年未解決

1990年代

朝から雨が降り続き、季節外れの肌寒さとなったその日。

午後4時39分、住宅火災を知らせる119番通報が入った。

焼けた住宅の2階から見つかったのは、この家に住む上智大学4年生、小林順子さん。当時21歳。

順子さんは火災で亡くなったのではなかった。その前に、何者かによって刃物で殺害されていた。そして犯人は、住宅に火を放ったとみられている。

事件から30年。犯人のものとみられる血液、DNA型、凶器の特徴、犯行に使用された粘着テープ、さらには事件直前に目撃された不審な男まで存在する。それでも、犯人の名前はいまだ分かっていない。


事件概要

項目内容
事件名柴又三丁目女子大生殺人放火事件
発生日1996年9月9日
犯行時間帯午後3時50分ごろ~午後4時39分
場所東京都葛飾区柴又3丁目
被害者小林順子さん(当時21歳)・上智大学4年生・英語学科
犯行内容刃物による殺害・住宅への放火
犯人男性とみられ、血液型A型
懸賞金上限800万円(警察庁300万円+協力会500万円)、2026年9月9日~2027年9月8日
現在未解決・捜査継続中

警視庁によると、順子さんの母親が自宅を出た午後3時50分ごろから、119番通報が行われた午後4時39分までの約49分間に事件が起きたとみられている。現場は柴又駅から北西約250メートルの閑静な住宅街だった。

問い合わせ先 警視庁亀有警察署 特別捜査本部:03-3607-0110


事件の2日後にはアメリカ留学を控えていた

順子さんは上智大学英語学科の4年生。語学を得意とし、将来はジャーナリストを志していたと報じられている。

そして事件が起きたのは、アメリカ・シアトルへの語学留学をわずか2日後に控えた日だった。海外へ向かう準備を進め、新しい生活が始まろうとしていたその直前、自宅で命を奪われた。

事件から30年となった2026年、父親の小林賢二さんは「この地から世界へ羽ばたこうとしていた1人の若者の尊い命と夢と希望」を奪った犯人への強い思いを改めて語っている。


約49分間に何が起きたのか

警視庁が示している犯行時間帯は非常に短い。午後3時50分ごろ、母親が外出。午後4時39分、119番通報。この間に犯人は住宅へ入り、順子さんを襲い、殺害したうえで火を放ったと考えられている。

凶器は現場の傷などから、刃渡り8センチ以上、刃幅約3センチ、先の尖った片刃の小型刃物と推定されている。警視庁は具体例として果物ナイフやペティナイフに近い形状を示している。現在の報道では、順子さんは首を複数箇所刺されて殺害されたと伝えられている。


現場に残された犯人の血

この事件には、未解決事件としては非常に重要な物証が残っている。犯人自身のものとみられる血液だ。

警視庁は、犯人は男性で、犯行中に何らかのけがをして出血したとみている。血液型はA型。事件当日に手や腕などに切り傷を負っていた人物を知らないか、現在も情報提供を呼びかけている。

さらに捜査ではDNA型も判明している。TBSによると、1階で発見されたマッチ箱からA型の男性の血液が確認され、2階で順子さんにかけられていた布団からも、同じDNA型の血液が検出された。2014年には当時の資料を再鑑定し、布団に残された血液から男のDNA型が改めて検出され、それまでに確認されていたDNA型と一致したと共同通信も報じている。

つまりこの事件では、「犯人につながる可能性の高いDNAが存在する」という極めて重要な手掛かりが残されている。それでも人物の特定には至っていない。


2026年、新たに判明した「マッチ箱の痕」

事件から30年を迎えた2026年、新たな情報が報じられた。

現場に残されていた、犯人が放火に使用したとみられる血の付いたマッチ箱。その表面に、親指によるものとみられる痕が残されていたという。さらにマッチ箱には、軍手の表面模様のような痕も確認されていた。捜査関係者への取材では、犯人が順子さんに抵抗されるなどして負傷した後、マッチ箱を手に取った可能性が考えられている。

ここで注意したい。これは、「犯人の指紋が見つかった」という意味ではない。2025年の報道では、犯人の指紋そのものは確認されていないとされている。軍手を使用し、指紋を残さないようにしていた可能性も指摘されている。


犯行に使われたガムテープ

現場にはもう一つ特徴的な物証が残された。布製のガムテープである。

警視庁によると、このテープは静岡県内の工場で1994年1月以降に製造されたもの。幅50ミリ、長さ25メートルで、当時700~800円ほど。一般的な家庭用より高価で、主に梱包用途として販売されていた製品だった。ただし全国で広く流通し、梱包業者への納入だけでなくホームセンターや文具店などでも購入できたため、「このテープを持っていた人物」というだけで犯人を絞り込むことは難しい。

さらに興味深いのは、その粘着面だ。警視庁の鑑定では、植物片、木片、犬の毛などが付着していた。警察は、犯人が衣服などを介して外部から持ち込んだ可能性があるとしている。


雨の中に立っていた「黄土色のコートの男」

そして事件当日、現場周辺では不審な男性が目撃されている。しかも一件ではない。警視庁は現在、時間や場所、服装などから2件の目撃情報の人物が同一人物である可能性が高いとみている。

一人目の目撃は午後3時30分ごろ。現場南側の交差点に、黒い傘を差した男性が立っていた。身長は150~160センチほど、やせ型。体格に合わないほど大きな黄土色系のコートを着ていたという。

二人目は午後3時55分ごろ。こちらは事件現場の玄関前だった。男は雨が降っているにもかかわらず傘を差さず、家の表札、あるいは2階付近をじっと見つめていたという。身長約160センチ、中肉からややせ型。服装はやはり黄土色系のコートまたはレインコート、黒っぽいズボンだった。

2026年9月3日、警視庁はこの不審な人物の3D画像を初めて公開し、改めて情報提供を呼びかけている。ただし重要なのは、警視庁はこの男を「犯人」と断定していない。あくまで事件当時、現場付近で目撃された人物であり、その身元を確認するため情報を求めている段階である。


なぜDNAがあるのに犯人が分からないのか

この事件を知った人が最も疑問に感じるのは、ここだろう。DNAがあるなら、なぜ捕まらないのか。

DNA型は、比較対象となる人物のDNAがあれば極めて強力な照合手段になる。しかし逆に言えば、データベースなどに一致する人物が存在しなければ、DNA型だけからその人物の氏名・住所を直接知ることはできない。

実際、警視庁はこれまでに延べ12万2520人の捜査員を投入し、地元の男性住民に対しても任意でのDNA型判定への協力を求めてきたとされる。女性自身の取材によれば、地元住民に「髪の毛を提供してください」と任意で依頼し、応じない場合は重要参考人としてマークするという対応が取られていたという。それでも決定的な一致には至っていない。

事件から30年となった2026年、遺族はDNAから顔貌や年齢などを推定する新たな捜査技術の利用拡大も求めている。一方、日本ではDNA情報の利用範囲やプライバシー、人権への配慮などを巡って制度上の課題があり、海外で行われるような手法をそのまま導入できる状況ではない。

「DNAがある=すぐ犯人の名前が分かる」わけではない。この事件は、DNA捜査の強さと限界の両方を象徴しているとも言える。


この事件で特に不可解な5つのポイント

1. なぜ順子さんが狙われたのか 犯人が順子さんを狙って自宅を訪れたのか、偶然だったのか、何らかの面識があったのか。動機は現在も公表されていない。

2. なぜ放火したのか 殺害後、犯人は住宅へ火を放った。証拠隠滅だったのか、別の目的だったのかは分かっていない。

3. 犯人自身の血液とDNAがあるのに身元へ届かない 通常なら非常に有力な証拠だ。地元住民への任意のDNA型判定協力依頼も行われてきたが、それでも30年間、人物特定には至っていない。

4. 黄土色のコートの男は誰だったのか 事件の直前と犯行時間帯に、現場すぐ近くで酷似する男性が目撃されている。警視庁は同一人物の可能性が高いとして2026年に3D画像を公開したが、身元は分かっていない。

5. 犯人は事件後に負傷を隠していたのか 警察は、犯行当日に刃物傷や切り傷などを負っていた人物について現在も情報を求めている。事件の直後、身近な人物が突然けがをしていなかったか。30年前の日常の記憶が、現在も捜査対象になっている。


ネット上でよく語られる疑問

この事件についてネットで特に多く語られるのは、「ここまで証拠が残っているのに、なぜ捕まらないのか」という疑問だ。

DNA、血液型、犯人が負傷した可能性、凶器の特徴、ガムテープ、ガムテープに付着した犬の毛や植物片、そして不審な男の目撃証言。一見すると手掛かりは非常に多い。そのためネット上では、知人説、作業関係者説、特定の職種との関連など、さまざまな考察が語られてきた。

しかし、警察は特定の職業・人物・組織を犯人と認定していない。ガムテープや犬の毛なども「犯人を特定する証拠」ではなく、あくまで身元につながる可能性を持つ断片的な手掛かりである。未詳録では、これらから特定の実在人物を犯人と推測することはしない。


未詳録の考察

この事件の異様さは、手掛かりの少なさではない。むしろ逆だ。

犯人は血を残した。DNAを残した。放火に使ったとみられるマッチ箱を残した。ガムテープも残った。さらに事件直前には、現場を見つめる不審な男まで目撃されている。それなのに、30年経っても犯人へ一本の線としてつながらない。

未解決事件というと、「何の証拠も残されなかった完全犯罪」のように想像しがちだ。しかし柴又事件は違う。証拠はある。問題は、その証拠と一人の人間の名前を結び付ける最後のピースが存在しないことだ。

逆に言えば、もし今後一人の人物が捜査線上に浮かび、そのDNAを比較できれば、30年前に残された物証が突然大きな意味を持つ可能性もある。時間が止まった事件ではない。今も、科学技術と一件の情報提供によって状況が変わり得る事件なのである。


事件から30年、捜査は今も続いている

2026年9月9日、事件発生からちょうど30年。警視庁は事件ページと不審者情報を改めて更新し、現在も情報提供を求めている。

延べ12万2520人の捜査員が投入され、地元住民への任意のDNA型判定協力依頼まで行われてきたが、決定的な特定には至っていない。現在設定されている懸賞金は、警察庁の捜査特別報奨金が最大300万円、遺族らによる協力会の謝礼金が最大500万円。合計最大800万円。期間は2026年9月9日から2027年9月8日までとなっている。

1996年9月9日。留学を2日後に控えた21歳の大学生に、何が起きたのか。雨の住宅街に立っていた男は誰だったのか。犯人はなぜ順子さんを襲い、さらに家へ火を放ったのか。そして、現場に自分自身のDNAを残しながら、なぜ30年間特定されずにいるのか。

事件は、現在も解決していない。


参考資料

※本記事では警視庁の公表情報を最優先し、捜査関係者への取材によって報じられた新情報については報道情報として区別しています。不審な男性についても、警察が犯人と断定していないため「目撃された人物」として扱っています。

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