足利事件|DNA鑑定が生んだ冤罪と、36年たっても分からない真実ちゃん殺害の犯人

1990年代

1990年5月12日、土曜日の夕方。栃木県足利市のパチンコ店の近くで、4歳の松田真実(まつだ・まみ)ちゃんの姿が見えなくなりました。翌13日の午前10時20分ごろ、真実ちゃんは、店から400メートルほど南を流れる渡良瀬川の河川敷で、亡くなっているのが見つかりました。

事件から1年半後、警察は菅家利和(すがや・としかず)さんを逮捕します。決め手とされたのは、当時導入されたばかりのDNA型鑑定と、菅家さんの自白でした。菅家さんは無期懲役の判決を受け、2000年に刑が確定します。

けれど、それは間違いでした。2009年の新しいDNA鑑定で、犯人のものとみられるDNAは菅家さんのものと一致しないことが分かったのです。菅家さんは17年半ぶりに自由になり、2010年3月、やり直しの裁判で無罪となりました。

冤罪は正されました。でも、真実ちゃんの命を奪った人物は、今も分かっていないのです。

事件概要

項目内容
事件名足利事件
発生1990年5月12日(土)夕方、足利市内のパチンコ店付近で行方不明
発見1990年5月13日 午前10時20分ごろ、渡良瀬川の河川敷
被害者松田真実ちゃん(当時4歳)
誤って逮捕された人菅家利和さん(1991年12月逮捕、2000年に無期懲役が確定)
釈放2009年6月4日(約17年半ぶり)
再審無罪2010年3月26日、宇都宮地裁
時効2005年に殺人罪の公訴時効が成立
犯人分かっていない

パチンコ店から消えた4歳の女の子

その日、真実ちゃんは家族と一緒に、足利市内のパチンコ店に来ていました。夕方、真実ちゃんの姿が見えなくなり、翌朝、店の南の渡良瀬川の河川敷で見つかります。近くの川底からは、真実ちゃんが身に着けていた衣類も見つかりました。

警察は、この衣類に残っていた犯人のものとみられるDNAを調べます。これが、後に一人の無実の人の人生を大きく狂わせることになるのです。

DNA鑑定と自白――菅家さんの逮捕

事件から1年半がたった1991年、警察庁の科学警察研究所は、衣類に残ったDNAと菅家さんのDNAを「MCT118法」という当時の方法で鑑定し、型が一致すると判断しました。

1991年12月1日、警察は菅家さんを任意で呼んで取り調べます。初めは否定していた菅家さんは、その日の夜には犯行を認める話をするようになり、翌2日に逮捕されました。

菅家さんは裁判の途中で無実を訴えますが、1993年に宇都宮地裁は無期懲役を言い渡し、2000年に最高裁で刑が確定しました。

17年半後に分かったこと

菅家さんは刑務所から無実を訴え続け、2002年に裁判のやり直し(再審)を求めます。一度は退けられましたが、東京高裁が2008年に新しい方法でのDNA再鑑定を命じました。

2009年、STR法という新しい方法で調べ直すと、衣類に残っていたDNAと菅家さんのDNAは、まったくの別人のものだと分かったのです。2009年6月4日、菅家さんは釈放されました。逮捕から約17年半がたっていました。

2010年3月26日、宇都宮地裁は菅家さんに無罪を言い渡します。判決は、当時のDNA鑑定は科学的に信頼できる方法で行われたとは認められないとし、自白についても、捜査官から「DNAが一致した」と告げられたことが自白の最大の原因になったとして、虚偽だったと判断しました。判決の後、裁判官たちは菅家さんに頭を下げて謝罪しています。

警察と検察が認めた誤り

2010年4月、警察庁は当時の捜査を検証した報告書を公表しました。報告書は、犯人ではない菅家さんを逮捕して虚偽の自白に追い込み、17年半もの長い間苦しめたことを「あってはならない事態」とし、DNA鑑定の結果を過大に評価したこと、自白が事実と合っているかを十分に確かめなかったことなどを、問題点として挙げています。最高検察庁も同じ月に、検察の側の問題点をまとめた報告書を出しました。

北関東で続いた5つの事件

足利事件の冤罪が明らかになったことで、もう一つの重い問題が浮かび上がりました。1979年から1996年にかけて、足利市と、渡良瀬川をはさんだ隣の群馬県太田市の周辺で、幼い女の子が被害に遭う事件が5件も続いていたのです。

年被害者場所
1979年福島万弥ちゃん(5歳)栃木県足利市
1984年長谷部有美ちゃん(5歳)栃木県足利市
1987年大沢朋子ちゃん(8歳)群馬県(現在の太田市)
1990年松田真実ちゃん(4歳)栃木県足利市
1996年横山ゆかりちゃん(4歳)群馬県太田市、今も行方不明

2026年9月にNHKの「未解決事件」が伝えたところによると、5つの事件は半径10キロの範囲で起きていて、3件はパチンコ店から連れ去られ、3件は河川敷で遺体が見つかり、5件とも休日や週末に起きていました。警察庁も、5件が同じ犯人によるものである可能性は「否定できない」としています。

捜査と謎・数々の説

警察の動向

真実ちゃんの事件は、2005年に殺人罪の公訴時効を迎えました。1990年当時、殺人罪の時効は15年だったのです。2010年に殺人罪の時効は廃止されましたが、すでに時効を迎えていたこの事件には適用されませんでした。菅家さんの無実が明らかになったときには、真犯人を殺人罪で裁く道はもう閉ざされていたことになります。

一方で、1996年の横山ゆかりちゃんの事件については、群馬県警が今も情報提供を求めています。

残された謎

最大の謎は、もちろん真実ちゃんを殺害したのが誰なのかです。再審の判決は、衣類に残っていたDNAは犯人のものと考えられるとしています。犯人のDNAは分かっているのに、その持ち主の名前が分からないのです。

説1:河川敷で見られた「ルパン三世に似た男」

NHKの取材によると、事件の日、河川敷の近くで目撃された男性がいました。目撃者の中には、その風貌を漫画の「ルパン三世」に似ていたと話す人もいたそうです。NHKは、警察もこの男性を調べていたが、菅家さんのDNAが一致したと判断されたことで、その捜査が十分に続けられなかったと伝えています。ただし、この男性が犯人だと確かめられたわけではありません。

説2:5つの事件は同じ犯人

幼い女の子ばかりが狙われ、パチンコ店や河川敷という共通点がある。5つの事件が同じ人物によるものではないかという見方は、長く語られてきました。ただ、同じ犯人の可能性があることと、同じ犯人だと証明されたことは別なのです。

未詳録の考察

足利事件の記録を読んでいて、私がいちばん重く感じたのは、間違ったDNA鑑定が二つのものを同時に奪ったということです。一つは、菅家さんの17年半という時間です。そしてもう一つは、真実ちゃんの事件の本当の犯人を追う時間でした。警察が菅家さんを犯人だと信じ込んでいた間に、河川敷で見られた男への捜査は止まり、15年の時効は過ぎていきました。冤罪は、無実の人を苦しめるだけでなく、被害者の家族から真実を知る機会まで奪ってしまう。この事件は、そのことをはっきりと示しているのです。

それでも私は、まだ道は残っていると考えたいのです。5つの事件のうち、横山ゆかりちゃんの事件だけは、今も群馬県警が捜査を続けています。もし5つの事件が本当に同じ人物によるものだったなら、ゆかりちゃんの事件の捜査が進むことは、真実ちゃんの事件の真相に近づくことにもつながるのではないでしょうか。

NHKの取材に応じた真実ちゃんのお母さんは、「今生きていたら41歳」と話していたそうです。菅家さんの無罪が確定しても、お母さんにとって、娘の事件はまだ終わっていない。足利事件を「冤罪事件」としてだけ記録するのではなく、4歳の女の子の命が奪われた未解決事件として残しておきたいと思います。

事件がもたらした影響・結末

取り調べと鑑定の見直し

足利事件は、日本の刑事司法に大きな反省を迫りました。警察と検察は、DNA鑑定の結果を過信したこと、自白を十分に吟味しなかったことを認め、取り調べの録音・録画や、鑑定資料の保管のあり方を見直すきっかけになりました。DNA鑑定の技術も、今では当時とは比べものにならないほど精密になっています。

科学の証拠をどう扱うか

DNA鑑定は、正しく使えば犯人を見つける強い力になります。けれど、方法の限界や結果の意味を正しく理解しないまま使えば、無実の人を犯人にしてしまうこともある。この事件は、そのことを今も私たちに教えています。

事件は解決しないまま

2026年10月現在、真実ちゃんを殺害した犯人は分かっていません。

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参考資料

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